今から1500年前ほどに、死海の西岸にあるオアシスで大火事が起きた。荒れ狂う炎は、何百年も前から栄えていたユダヤ人の街を焼き尽くしたが、シナゴーグと呼ばれる礼拝所の聖櫃は焼け残った。聖櫃の中には動物の皮でできた巻物がおさめられていたが、熱で炭化し、もろくなってしまった。

 この巻物は1970年に発見され、エン・ゲディ文書と名付けられた。無理に開こうとすると粉々になってしまうおそれがあるため、イスラエル考古学庁はそのままの状態で何十年も慎重に保管してきた。しかし昨年、科学者チームはこの巻物をスキャンしてバーチャルに「開き」、中に隠れていた文章を解読することに成功したと発表した。今回、その詳細が正式な科学論文として発表された。

 論文の著者である米ケンタッキー大学のブレント・シールズ氏は、デジタル技術を駆使して損傷した文書を解読する専門家だ。「私は20年前から、この技術の開発に取り組んできましたが、今こそエン・ゲディ文書を『開く』ときだと確信できたのです。今回解読が成功し、損傷した文書のいくつかの文字とか言葉を読み解くというレベルでなく、テキスト全体を復元しうることが裏付けられました」

 2015年、シールズ氏らのチームは予備スキャンの結果として、エン・ゲディ文書が6世紀の聖書の写本で、レビ記の一部を記した部分が含まれていると発表していた。しかし、2016年9月21日にオンラインの学術論文誌『Science Advances』に発表された完全なCTスキャンからは、さらに興味深い事実が明らかになった。

歴史の空白を埋める

 明らかになったことの一つは、エン・ゲディ文書には文章がもう一段含まれていたこと。そこにはレビ記の最初の2章が書かれていることが裏付けられた(皮肉なことに、レビ記は、祭壇でいけにえを焼いて神に捧げる「燔祭」についての記述から始まる)。そしてもう一つ、放射性炭素年代測定を行ったところ、巻物がこれまで考えられていたより少なくとも200年は古く、1700〜1800年前のものかもしれないとの結果が出た。実際、この文書の独特な筆跡は紀元1〜2世紀のもので、そうなると、当初推定されていたより500年近くも前のものということになる。


 学者たちを驚かせたのは、このテキストがレビ記の一節であったことではない。英ケンブリッジ大学の講師ジェームズ・エイトケン氏は2015年の発表時に、「レビ記の一節が記されていたこと自体は、特に意外ではありませんでした。聖書のほかの部分と比べると、この部分が記された文書はたくさんあるはずです。レビ記のヘブライ語は文体が単純で反復が多いため、子供たちの書き取りの練習に使われていましたから」と説明している。

 一方、エン・ゲディ文書の推定年代は驚きをもって迎えられた。研究チームが主張するように、この文書が死海文書とカイロ・ゲニザ文書(ゲニザとは中世のヘブライ語文書の保管庫のこと)の中間の時代のものであるなら、聖書のテキストの歴史にあいていた数世紀分の空白を埋めることができるからだ。

 論文の共著者である、エルサレム・ヘブライ大学の聖書学者マイケル・シーガル氏は、「全ての死海文書について発表された約10年前以降では、エン・ゲディ文書のレビ記は、現代によみがえった古代の聖書の写本の中で最も広範囲を扱ったもので、かつ重要なものだと言ってよいでしょう」と言う。

 同じく論文の共著者で、エルサレム・ヘブライ大学の聖書学者であるエマニュエル・トブ氏は、エン・ゲディ文書は、「マソラ本文」と呼ばれる権威あるヘブライ語聖書が成立するまでの経緯を解明する助けになるだろうと期待している。「エン・ゲディ文書を見ると、伝統が受け継がれていることがはっきり分かります」とトブ氏。「6世紀に火事にあったエン・ゲディのシナゴーグにおさめられていた巻物が、中世のテキストと完全に一致していたのは偶然ではありません。レビ記の巻物を使っていたユダヤ教信仰は、これほど古い時代から印刷技術が発明される中世後期まで、脈々と続いていたのです」

次なる目標

 研究者たちは、今回の研究により非侵襲画像技術の進歩を知らしめたが、課題は残っている。エン・ゲディ文書の巻物に書かれた文字が見えたのは、おそらくそれが鉄か鉛を含む濃いインクで書かれていたからだ。しかし、その他の古代インクはカーボン(炭素)をベースにしているため、炭化した巻物の表面と区別するのは難しい。紀元79年に起きたベスビオ火山の噴火によりポンペイの街とともに埋没したヘルクラネウムという街の書庫から大量の巻物が発掘されているが、やはり解読は困難だ。

 「まだ開かれていない大量のヘルクラネウムの巻物をどうにか解読したいものですね」とシールズ氏。「それが今の目標です」