地図には時として、作成者の意図が、微妙な情報の取捨選択によってひそかに反映されていることがある。だが歴史を振り返ってみると、もっとあからさまな方法でメッセージを伝える地図がさかんに作られた時代もある。

 ロンドンの古地図専門店、マップ・ハウスで開催中の「戦争地図展」に展示された地図は、いずれも明確なメッセージを担っている。戦争のプロパガンダに使われたこれらの地図は、敵国の邪悪さを大衆に吹き込んだり、戦争には勝ち目があり、犠牲を払うにふさわしいと納得させたりするために作られたものだ。多彩な地図には、20世紀前半に起こった数々の戦争に参加していた各国の政治、文化、芸術の状況がよく現れている。

 冒頭の地図は、1900年に製作された。ロシアが触手を八方に伸ばすタコとして描かれ、ポーランド、フィンランド、中国を絞めつけ、さらにトルコ、アフガニスタン、ペルシャ方面にも手を伸ばしている。地図の主役はタコだが、欧州の国々はおおむね人の姿に描かれている。この地図の製作を手がけた英国人のフレデリック・ローズ氏は当時、こうした「擬人化地図」の作り手として最も大きな影響力をもっていた人物のようだ。

敵国の元首は「タコ」の姿に

 侵略者をタコの姿として描くローズ氏の手法は、1877年に彼が製作した地図で初めて使われ、その後フランスや日本、ナチス政権下のドイツなどで、多くの地図製作者に踏襲されている。フランスで製作された地図には、当時の英国首相チャーチルをタコとして描いたもの(下)もある。

 展示と図録に登場する地図は、主に第一次・第二次世界大戦、ボーア戦争、ロシア内戦などに関連するものだ。図録の著者であるフィリップ・カーティス氏、ヤコブ・スナゴー・ピーダスン氏が15年間かけて収集した成果で、中には現存するのがたった1枚という貴重なものもある。

 ブルガリアで製作された反ボルシェビキの地図(下)はその一例で、ソビエト兵が各地で残虐行為を繰り広げる様子が描かれている。地図の説明文には、「ヨーロッパがボルシェビキ主義に敗北すればこうなる」とある。

「これはおそらく、ソビエト軍がブルガリア国境に迫ってきた時期に印刷・配布されたものです」と、カーティス氏はオンラインラジオ「モノクル」のインタビューで語っている。「ソビエトの赤軍が今にもドアを蹴破って入ってきそうなときに、こんなものを家に置いておきたい人はいないでしょう。この地図を持っているのは間違いなく自殺行為で、すべて廃棄されたものと思われます。この1枚がなぜ残ったのかはわかりません」

 国や指導者の特徴を動物で表した地図もある。たとえば植民地政策を進める英国はライオン、トルコは無気力なゾウ、イタリアは寝ぼけたイヌ、スイスは中立の甲羅に隠れるカメといった具合だ。クモは、タコと同じく侵略者の象徴としてよく使われた。下の地図ではナチス・ドイツを、顔はヒトラー、背中にかぎ十字マークのついた黒いクモとして描いている。これは英国が、アフリカのフランス語圏の旧植民地向けに作ったプロパガンダ用の地図で、「その(クモの)脚は一本また一本と折られていくだろう」と書かれている。

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