日曜日の午後にフロリダ州のマイアミを出港したとき、これから何が待ち受けているか、誰にも見当がつかなかった。米国のクルーズ船がほぼ40年ぶりにキューバに入港するとあって、キューバ国内で反カストロ感情が高まるのではないかと心配する声もあった。

キューバ美女が水着で歓迎

 だが、ハバナに着いてみると、待っていたのはお祭り騒ぎの歓迎だった。女性ダンサーたちはハイヒールを履き、キューバの国旗柄の水着に身を包み、髪には大きな銀色の星形の飾りを付けていた。私は、2人のダンサーが満面の笑みを浮かべながら、下船してきた短パン姿の男性にすり寄っていくのを見た。携帯電話で撮られた水着姿のキューバ美女たちの写真は、瞬く間にネット上で広がり、のちのち波紋を呼ぶこととなる。

 米国の禁輸措置は、現在も米国民に対し、財務省が定義する「観光活動」を目的としたキューバへの渡航を禁じているものの、5年ほど前から米国人渡航者の数は、目に見えて増えている。外交関係の再開が発表された2014年12月以前から、オバマ政権はすでに、「教育的な目的をもつ人的交流」の団体旅行を許可していた。つまり、ラム酒を飲みながらビーチでのんびりと寝そべって過ごすのは認められないが、たとえば、子どもたちにバイオリンを教える学校を訪ねるなら構わない、ということだ。

 そして2016年3月には、禁輸措置を順守するという宣誓書に署名することを条件に、人的交流を目的とする個人旅行も許可された。さらに8月下旬には、キューバへの定期航空便が就航した。もっとも、チャーター機は以前から、フロリダから頻繁に飛んでいたため、マイアミ国際空港の掲示板では、「シエンフエゴス(キューバ)」という目的地はおなじみだった。

見たいのは「今のままのハバナ」

 キューバの魅力として旅行パンフレットなどでよくうたわれるのが、米国的なもの(たとえば、マクドナルド)が一切見当たらない、ということだ。ハバナの建築家ミゲル・コジューラが、こんなことを話してくれた。「キューバに来たがっている米国人の99%が口をそろえて言うんです。今のままのハバナを見たいとね」

 つまり、米国人にとっては古色蒼然とした街が変わってしまう前に見ておきたいということなのだ。だがキューバはどう変貌するのだろう。

 キューバは米国からわずか145キロしか離れていない島国だ。試算によれば、いずれは年間300万人の米国人観光客がキューバを訪れることになるという。受け入れる側のキューバの人口は1100万人。その多くが、子どもに十分な粉ミルクを与えたい、故障したトイレを直したい、ベランダが崩れるのを防ぎたいと、日々、知恵を絞っている。彼らの生活改善につながるように、大量の米国人を受け入れる方法はあるのか。

「そのことをずっと考えてきました」。そう話すのは、ハバナにある大学の経済学教授ラファエル・ベタンクールだ。「リスクは付き物です。でも私は基本的に楽観的です。ここには独自の伝統と、確固たる文化と歴史がありますから」

 ベタンクールとは、例の国旗柄の水着の話もした。写真が出回り始めた当初、国の尊厳を傷つけ、公序良俗に反するという厳しい批判があった。ニコラス・ギジェンという作家が1930年代(キューバ革命よりはるか以前)に書いた詩を引き合いに出して、「恥さらし」と非難するエッセイもあった。引用された詩は、ドル欲しさにヤンキーのクルーズ船に駆け寄っていくマラカス奏者について書かれたものだ。

 そのエッセイについて尋ねると、ベタンクールはため息をつき、彼の知る限りでは、水着のダンサーたちに腹を立てている人は誰もいない、と言った。「別に国旗を侮辱しようという意図があったわけではありませんから」。あのにぎやかな催しは、「熱烈な歓迎の気持ちを表す、フレンドリーで踊り好きなキューバ人」というイメージを演出しようとしたものだ。

 だが、こうした騒動もあながち無駄ではない、と彼は言う。「おかげで議論が始まりました。これから訪れる変化には十分に気をつけよう、ということです。注意を怠ってはいけません。キューバのアイデンティティーが危機にさらされてはいけませんから」

(ナショナル ジオグラフィック2016年10月号特集「キューバ 変化の大波を前に」より)