毎日1冊!日刊新書レビュー ワーキングプアの「派遣」先は、戦場〜『ルポ 貧困大国アメリカ』堤未果著(評:栗原裕一郎) 岩波新書、700円(税別)

日経ビジネスオンライン2008年3月31日(月)09:00

評者の読了時間2時間00分

ルポ 貧困大国アメリカ

ルポ 貧困大国アメリカ』堤未果著、岩波新書、700円(税別)

 衝撃的な本である。二重の意味で。

 本書は、アメリカという国全体がもはや「貧困ビジネス」で回っているおそるべき実態を、現地の取材をメインに伝えたものである。

 著者の堤未果は、ワールド・トレード・センターにほどちかい米野村證券に勤めていたときに9・11テロに遭遇、イラク戦争に突き進んでいくアメリカの姿に疑問を抱きジャーナリストに転身したそうだ。つい先日、薬害エイズ被害者で現在は参議院議員の川田龍平との結婚が報道されたので、名前をご記憶の読者も多いだろう。

 レーガン大統領の採った経済政策、いわゆる「レーガノミックス」以降、アメリカは市場原理主義をひた走り、福祉や教育にまで民営化を推し進めてきた。その結果、「格差」と「貧困」が深刻化しているわけだが、かの国の現状は想像をはるかに超えており日本の比ではない。

 その重篤な“症例”が、本書を構成する5つの章で問題別にレポートされている。具体的には、貧困により児童に肥満が蔓延していること(第1章)、ハリケーン・カトリーナによる被害が実質民営化された連邦緊急事態管理庁(FEMA)のもたらした“人災”だったこと(第2章)、マイケル・ムーアの映画「シッコ」でも取り上げられた医療崩壊の現状(第3章)、貧困層の学生と軍のリクルート・システム(第4章)、民営化された戦争と戦地へ派遣されるワーキングプア(第5章)という内容である。

 どれもこれも酷い話ばかりで気が滅入ってくるのだが、貧困と肥満の相関、カトリーナの被害、医療問題については比較的知られていると思うので、本書の特色でもある第4章と5章、アメリカ格差社会と軍および戦争の問題を少し詳しく見てみたい。

「落ちこぼれゼロ法」を施行したブッシュの狙い

 ブッシュ大統領の肝いりで2002年「落ちこぼれゼロ法」が施行された。全国一斉学力テストを義務づけ教育に競争を導入することで高等学校における学力の低下に歯止めをかける、というのが表向きの目標として掲げられていたが、この法律の本当の狙いは生徒たちの個人情報にあったという。

 全高校に生徒の個人情報の提出が要請されており、拒否した学校は助成金をカットされるという条項が織り込まれていたのだ。裕福な子女が通う高校にとっては助成金などどうということもないが、貧しい地域の高校は存続にかかわるため提出せざるをえない。つまり貧困層がターゲットだったわけだ。

 個人情報収集の目的は何か? 軍へのリクルートを効率的におこなうための素地づくりである。

〈米軍はこの膨大な高校生のリストをさらにふるいにかけて、なるべく貧しく将来の見通しが暗い生徒たちのリストを作り直す。そして七週間の営業研修を受けた軍のリクルーターたちがリストにある生徒たちの携帯に電話をかけて直接勧誘をするしくみだ〉

 入隊すると、大学の学費負担や家族までふくめた医療保険といった特典が得られるのだが、なかでも市民権を取得できることが大きな魅力として高校生を惹きつけているという。07年に交付された「夢の法律2007」では、これまで合法的移民に限られていた市民権取得が、不法移民にも適応された。軍にとって〈国内に約七五万人いる不法移民はまさに「宝の山」だ〉と著者は表現している。

 狙われているのは高校生だけではない。

 教育予算削減にともない、大学の学費が高騰し、学資ローンの民営化も急速に進んだ。就職難にくわえ初任給も低下しているため、卒業するや返しきれない借金を抱えたままワーキングプアになる大卒、院卒が大量に発生している。

 ロクな職もなく借金まみれになった卒業生たちの行き先は、といえば、もちろん軍だ。学資ローン返済の肩代わりをしてくれるのである。

 が、入隊してもやっぱり貧困からは抜け出せないのだ。安い給料からあれこれ天引きされるためカネはほとんど残らない。戦地で患ったPTSDが原因でホームレスになってしまう者も少なくない。アメリカには350万人以上のホームレスがいるが、その3分の1は帰還兵だという。

「憲法第九条をどう思いますか?」

 イラク戦争は初の「民営化された戦争」といわれる。1990年代後半以降急成長した、民間軍事会社(PMC)や民営軍(PMF)に依存しているためだ。大雑把には、PMFはいわゆる「傭兵」の現代版、PMCのほうは非戦闘業務一般を請け負う業者である。

 このPMCが、高額なペイをエサにワーキングプアを続々と戦地へ“派遣”しているのだ。しかし、勤務の実態は悲惨で、丸腰で戦場に立つにちかい状況も珍しくなく、米軍が使用した劣化ウラン弾の影響で放射能に汚染された現地の水を飲むことを実質的に強要されるため身体も壊す。当然ヘタしたら死ぬわけだが、派遣社員は民間人扱いになるので戦死者には数えられない。

 戦地に“派遣”されるのはアメリカ人とはかぎらない。途上国からの出稼ぎ社員も少なくなく、賃金のダンピングが起きている。民間軍事会社はいまや全世界に500社以上あるそうだ。

 第5章は、日本人ながら米軍に入隊しイラク戦争へ行った加藤さん(仮名)へのインタビューで締められている。

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