ひとりのヘマと大勢の勇気で歴史は変わった ベルリンの壁崩壊20年

gooニュース・ニュースな英語2009年11月9日(月)18:30

■本日の言葉「blunder」 (ヘマ、失敗)■


国際ニュースの英語表現をご紹介する月曜コラム、今週はベルリンの壁崩壊20周年です。1989年11月9日、世界が変わった。英語メディア(そして欧州メディア)はここ数日、この話題一色です。誰が壁を倒したのか。そしてそれは誰の勝利だったのかと。(gooニュース 加藤祐子)

○歴史の必然と今では思うけれども

The Wall. ドイツ語ではDie Mauer. 人間の愚かしさの象徴だったベルリンの壁が崩れてから20年です。冷戦まっただ中に育ち、しかも当時、国際政治を勉強していた私が初めて「変わらない物なんてないんだ」とリアルタイムで実感したのは、20年前のこの時でした。20年たった今振り返ってみれば、ソ連経済の疲弊→ゴルバチョフ登場→グラスノスチとペレストロイカ→ソ連と東欧市民の経済的・政治的自由要求→衛星テレビの登場→東欧民主化運動→……と、あれは歴史の必然だったと訳知りなことを言いたくもなりますが、当時にしてみれば、これは一体どこまで行き着くのやら全く分からないわけで、1989年当時の自分はずっとなんだか頭の中がグラグラし続けていたような気がします。

誰もが知っていることかどうか分かりませんが、20年前の11月9日に壁がああやって一気に崩れたのは、つまり東ベルリン市民がチェックポイントに大挙して押し寄せて一気に検問所を突破するきっかけとなったのは、一人の役人の「blunder(ヘマ、失敗)」が原因でした。今やBBCなどが皮肉に「The Man Who Changed History(歴史を変えた男)」と呼ぶのが、当時の東ドイツ社会主義統一党の役人だったギュンター・シャボウスキーという人物です。

当時の世界情勢というと、旧ソ連の衛星国で次々と民主化要求運動が高まり、その年の夏にはハンガリーを経由して東独市民が西側に大量脱出。デモの頻発で東独の国家は麻痺状態に陥るという、そんな混乱の日々。その中でたびたび記者会見を開き、東独政府の意向を世界に向けて語っていたのが、この人でした。

そして11月9日、東独政府が外国への旅行の自由化を決議。これをシャボウスキー氏は同日夕方になって、全世界に向けての生放送で発表したのですが、よりによって、そもそもこの内容は10日午前4時まで発表してはいけないことになっていたことを知らず、その旅行自由化が「ベルリンの壁を除く」決議だったことも知らず、このしかも自由化は11月10日から発効する事になっていたというのも知らず、「全ての国境通過地点から出国が認められる」「直ちに」と発言してしまったのです。

○知らない事は発表しない方が

こちらのBBC記事によると、記者会見でこれを聞いていた当時の特派員は「えーと……どういうことだ?」と内容がにわかには理解できなかったと認めています。一方で東ベルリン市民はすぐに理解し、壁数カ所のチェックポイント(検問所)に何万人という波になって大挙したわけです。

「おまえのヘマが歴史を変えた」と言われているシャボウスキー氏はしかしBBCに対して「確かに、解禁日が翌日だと知らされていなかったので、今すぐと言ってしまった。しかし旅行自由化はすでに決まっていたことだった。間違いではない」と釈明しています。BBC記事では、当時の東独政府の改革派でシャボウスキー氏の同僚だったハンス・モドロウ氏が、「彼は当然知っているべきことも知らないまま、ぬけぬけと全世界に向けて記者会見など開いてしまった。あまりに傲慢でうぬぼれていた」と20年たった今でも痛烈です。確かに、はっきり知らないことを全世界に向けて堂々と発表したらダメだよなあ、とは思います。けれどもそのおかげで歴史が変わったのですから、歴史は分別ある行動のみで動くわけではないのだと改めて思います。

そんなシャボウスキー氏の無分別に20年たっても怒っている元同僚のモドロウ氏は、20年前のあの夜にああして壁が崩れたのは、もちろん検問所に押し寄せた東ベルリン市民の勇気もそうだが、市民に向けて発砲しないと判断した検問所の警備兵たちのおかげだと指摘。なぜなら、シャボウスキー氏のフライング発表で押し寄せた市民を前に、警備兵たちは何も知らされていなかったし、「市民の国境通過を阻止せよ」というのが依然として警備兵たちに与えられた命令だったのだし、つい最近までは「国境を通過しようとする者は射殺せよ」と言われていたのだから。

にもかかわらず警備兵たちは誰一人、発砲しなかった。威嚇射撃もしなかった。つまり彼らは、時代の勢い、時代の流れを肌で感じていたのかもしれません。

「今になって振り返ってみれば(with hindsight)」、感謝すべきは東独政府の誰でもなく、「与えられていた命令に背いて、重大な決断を自分たちだけで下した」国境の警備兵たちだったとモドロウ氏。軍人としては問題なのかもしれませんが、あの場でもし警備兵がひとりでも発砲していたらその後はどうなっていたのだろうと思うだけに、この記事を読んで「本当にそうだなあ」と、生まれて初めて、東独軍人に感謝したい気持ちになったのでした。

○誰のおかげで、誰のせいで

ちなみに、ベルリンの壁崩壊について書き始めたらキリがないのでこの辺にしますが、結局のところベルリンの壁が崩れて冷戦が終わったのは「アメリカと、特にレーガン政権のおかげだ。アメリカの勝利だ」と自慢するのがアメリカ側の認識だけれども、欧州では特にレーガンに感謝していないし、むしろドイツの東方政策と衛星テレビで西ドイツの番組を東に向けて流し続けたおかげ、いわゆる「ソフトパワ−」のおかげだと思っている。そしてロシアでは、別にソ連が負けたわけではなく「弱腰ゴルバチョフがぐずぐずして、勝手にソ連を崩壊させただけだ」と未だにゴルバチョフ氏を唾棄している――と解説している、こちらのニューヨーク・タイムズ記事がとても面白いです。

誰のせいで、あるいは誰のおかげで冷戦が終結したにせよ、記事であるように西側では(そして特にアメリカでは)「勝った勝った!」という気分が横溢したのは事実。だからこそ翌年の東西ドイツ統一や翌々年のソ連崩壊にことが至ると、「(思想対立が突き動かすという意味での)歴史は終わった」という物言いが飛び交ったほど。「仮想敵国を失ったアメリカ外交はどこへ行く?」「冷戦が終わって戦争はもうなくなるのか?」「いやいや、紛争要因が変わるだけだ。超大国の抑えがなくなれば、これからは民族紛争、宗教紛争が各地で勃発するぞ」「宗教テロが増えるかもしれない」などという議論が、大学のゼミ室でさかんに交わされていました。

冷戦が終わっても、別に歴史は終わらなかったし、スパイ小説もなくならなかった。戦争もなくなるどころの騒ぎではなかった。冷戦が終わったからには世界の戦争はいよいよ増えるよと、20年前に早くも見通していた教授たちや学生仲間たち。その後、彼らの慧眼を何度思い出したか、数知れません。
 


◇本日の言葉いろいろ

blunder=ヘマ、失敗
with hindsight=今になってみれば、後知恵で

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◇筆者について…加藤祐子 東京生まれ。シブがき隊と同い年。8歳からニューヨーク英語を話すも、「ビートルズ」と「モンティ・パイソン」の洗礼を受け、イギリス英語も体得。怪しい関西弁も少しできる。オックスフォード大学、全国紙社会部と経済部、国際機関本部を経て、CNN日本語版サイトで米大統領選の日本語報道を担当。2006年2月よりgooニュース編集者。米大統領選コラム、「オバマのアメリカ」コラムフィナンシャル・タイムズ翻訳も担当。英語屋のニュース屋。

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