<生後16カ月で「全聾」と診断された女性が成長していく過程を描いた手記『音に出会った日』。幼少期の壮絶ないじめ、「アッシャー症候群」の発症、そして、わずか1晩のうちに世界中の人々に感動を与えた1本の動画>

『音に出会った日』(ジョー・ミルン著、加藤洋子訳、辰巳出版)は、イングランド北東部ゲイツベッドに生まれ、生後16カ月で「全聾」と診断された著者が、露骨な差別やいじめを筆頭とする苦難と向き合いながら成長していく過程を描いた手記である。

 物心ついた時点で"聞こえない"状態にあった著者の人生が決して楽ではなかったことが、文章の端々からはっきりと感じ取れる。両親や家族からは十分に愛情を注がれており、それが彼女を何度も支えていくので、ある意味においては家族の物語だともいえる。しかしその一方、家族以外の小さな社会を知った時点で、違う世界に追いやられることにもなる。

 あのころ、わたしは補聴器の箱を首からさげているせいで"ロボット"と呼ばれたり、みんなのようにはっきり話せないせいで"麻痺野郎"とまで言われたが、いつも、こんなことでへこたれるな、と自分に言い聞かせていた。(中略)だが、悪口をはねのける強さを持ちつづけることが、七歳のわたしには難しかった。(66ページより)

 オークフィールド小学校に通い出して一年が過ぎ、わたしはますます学校が嫌いになっていた。わたしに気を遣うことに教師たちは順応していたが、生徒たちはそうはいかなかった。いじめは心ないあだ名や、殴ったり蹴ったりの暴力に形を変えていった。(中略)ふつうの女の子なら大目に見られるだろうちょっとしたまちがいでも、わたしの場合はいじめの理由になった。耳の聞こえない子はほかの子とはちがうのだ。聴力という贈り物を受け取らずに生まれたのだから、頭を叩かれたり髪を引き抜かれたりして当然と、彼女たちは思っていたようだ。(68〜69ページより)

 上記の部分だけでなく、何度も出てくるいじめの描写には心の痛みを感じる一方、違和感を意識せずにもいられなかった。もちろん我々の国にもいじめはあるが、少なくとも個人的には、障害を持った子をいじめるようなひどい場面に遭遇したことはなかったからだ。

 それは、私がいじめの現実を一面的にしか知らないからかもしれない。あるいは、国民性の違いなのかもしれない。しかし、いずれにしても本来はあるべきでないことだ。だからこそ、読み進めながら不快感を払拭できなかったのである。

 ただし勇気づけられるのは、著者が決してあきらめなかったことだ。普通の感覚からすれば、ここに描かれているような扱いを受ければ、不登校になったり、うつになったりしたとしても不思議はない。しかし彼女は違った。たとえば中学生時代には、いじめの主犯格に真っ向から立ち向かっていくのである。

 わたしは攻撃をはじめた。彼女を叩き、髪の毛をつかんで引っ張った。指に茶色の髪が絡まって抜けた。それでもやめなかった。引っ掻き、蹴り、突き飛ばし、唾を吐いた。 彼女も反撃してきたが、顔を叩かれてもなにも感じなかった。噴出されるアドレナリンと積もり積もった屈辱のせいで、わたしの感覚は麻痺していた。 長年の無力感が怒りに変わり、ふつふつと煮えたぎっていた。全身に漲(みなぎ)る反抗心が恐怖を抑え込んだ。「これはあんたが"麻痺野郎"って呼んだお返し」わたしは唾を吐きかけ、彼女の脇腹を踏んづけた。(80ページより)

 こうした負けん気の強さも功を奏し、以後の彼女は順調に......とまではいえないにしても成長を続けていく。16歳で初めてナイトクラブへ行ったときの感動の描写などは、まるでふつうの女の子のようだ。耳が聞こえないということを除いては。



 いま感じる興奮、生きている実感はわたしにとってはじめてのものだった。 耳が聞こえないのにナイトクラブに行ってどうするの、と思われるかもしれない。だが、そこがナイトクラブのいいところだ。音楽を感じることができる。体の中をビートが駆け巡っていれば、歌詞を聞く必要はない。(97ページより)

 つまり著者は、基本的に前向きなのだ。気が強いし、明るいし、決してへこたれない。しかし、それでも運命の不公平さを痛感せざるを得ないのは、29歳で「アッシャー症候群」だと判明したこと。視覚障害と聴覚障害を併せ持つ病気で、つまり、そう告げられた時点で見えていた目は、次第に見えなくなっていくというのである。

 しかも、そのおかげで看護婦になる夢を諦めなくてはならなかったりもする。盲導犬と思うようにいい関係を結べなかったりもする。そのため次第に悲観的、あるいは絶望的な表現が増えてくるのだが、それも仕方がないことだろう。

 だから中盤以降は読むのがつらくなってくるが、やがて朗報が入る。人工内耳移植手術を受ければ、耳が聞こえるようになるというのだ。そして結果的に手術は成功し、著者は生まれて初めて音を知ることになる。

ソーダ水のように興奮と感情が体から溢れ出す。手は震え、涙が顔を伝った。泣くまいとしても涙はとめどなく溢れ、膝にポタポタ落ちた。 これがそうなのだ。わたしは聞いている。これが音だ。(221〜222ページより)



 人工内耳のスイッチが入った瞬間の描写は、あまりに生々しい。「これが音だ」という表現に、感情のすべてが凝縮されている。もとから耳が聞こえる人間でさえ読んでいるだけで心を揺さぶられるのだから、本人の感動たるや想像以上のものだろう。そしてその感動を表現する装置として、Chapter 16では音楽が重要な役割を果たすことになる。

わたしはトレメインの家のリビング・ルームで生まれてはじめて音楽を聴いている。想像していたのとはまったくちがっていた。 子どものころ、スピーカーに耳を押し当てて聴いた、数百マイル彼方から聞こえて来るかすかなビートが、わたしにとって音楽だった。あるいは、ダンスクラブで流れていた、みんなを笑わせたり、ほほえませたり、泣かせたりするのが音楽だと思っていた。けっきょく、わたしはなにも知らなかった。 音楽は聞くものではない、感じるものだ。わたしはいま、音楽に恋している。(236ページより)

 なお、著者がはじめて音を聴いたときのことはBBCラジオの番組で取り上げられ、その光景はYouTubeにアップされた。その結果、わずかひと晩のうちに世界中の人々に感動を与えることになり、取材が殺到したのだそうだ。

 そして、2人の聴覚障害者をメンバーに持つアメリカの兄弟ポップ・グループ、オズモンズから連絡を受け、2014年9月からは聴覚障害者を支援する「オリーヴ・オズモンド・ヒヤリング・ファンド」で働きはじめたのだという。このエピソードもまた、著者と音楽との関係性の深さを象徴している出来事だといえるかもしれない。

 なお巻末には、大きな役割を果たした著者の友人のトレメインが選曲したプレイリストが掲載されている。ロック・ステディ・シンガー、ケン・ブースの"Everything I Own"にはじまり、ハイムの軽快なロック・ナンバー"Don't Save Me"で幕を閉じる41曲は、著者の人生の1年1年から1曲ずつを選んでリストにしたもの。実際に聴きながら読み進めてみれば、本書はさらに鮮度を増すかもしれない。

【参考記事】「テロリストの息子」が、TEDで人生の希望を語った


『音に出会った日』
 ジョー・ミルン 著
 加藤洋子 訳
 辰巳出版


[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「Suzie」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、多方面で活躍中。2月26日に新刊『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)を上梓。


印南敦史(作家、書評家)