<シリア内戦という、いま世界が直面する最大の人道危機に光を当ててアサドとプーチンを糾弾する機会を、ノーベル賞委員会はみすみす逃した>(画像はアレッポの空爆から救出された5歳の男の子)

 先週、ノルウェーのノーベル賞委員会は、戦乱が続くシリアで人命救助活動に携わるボランティア団体「ホワイト・ヘルメット」にノーベル平和賞を授与すると発表した。命の危険を冒して危険地帯に入り、空爆で破壊された建物の瓦礫の中から多くの人を救い出してきた勇気ある人々だ。

 おめでとう、ホワイト・ヘルメット......おや、ちょっと待て。まさか! ノーベル賞委員会が今年の平和賞に選んだのがコロンビアのサントス大統領だって? 反政府ゲリラとの停戦に合意し、内戦終結に向けて努力している(けれど、今のところうまくいっていない)という理由で?

 嘘だろう? いや、本当だ。

 ノーベル賞委員会は、(またしても)過ちを犯したのである。

 ホワイト・ヘルメットの行動は称賛に値する。彼らが救出した人は4万人以上。救急車の中で血だらけで呆然と座る姿を写した写真が世界に衝撃を与えた5歳の男の子オムラン・ダクニシュもその1人だ。

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 今回のノーベル賞委員会の決定次第で、いま世界が直面している最大の人道危機に改めて光を当てることになったはずだ。シリアのアサド大統領とロシアのプーチン大統領の独裁者コンビ、そしてテロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)の行動により、シリアの人権状況は悲惨を極めている。

 シリアでは、国の人口の半分に当たる約1100万人が難民・避難民となり、約50万人が命を落とした。シリア人の一家が安全を求めて命からがら海を渡る姿は、見慣れたものになってしまった。

オバマ授賞に続く失態

 サントスがやったこと、そしてやろうとしていることは、もちろん称賛に値する。それを後押しすべきなのは間違いない。

 しかし、今回ノーベル賞委員会は、シリア北部のアレッポなど、反政府勢力支配地域で暮らすシリア人の窮状に世界の関心を引き付ける機会をふいにしてしまった。多くの子供たちの命を奪う空爆作戦に手を染めているプーチンの顔に泥を塗ることもできただろう。

 アレッポは政府軍に包囲されており、昨年後半以降は政府軍とロシア軍のミサイルや樽爆弾が降り注ぐ日々が続いている。空爆を受けた地区では建物が倒壊し、多くの人が生き埋めになる。ホワイト・ヘルメットがいなければ、空腹や傷の悪化により死を待つしかない。



 アレッポの状況は、90年代前半のサラエボを思い出させる。旧ユーゴスラビアのサラエボでは、絶え間ない空爆と苛烈な「民族浄化」が長期間続き、ついにアメリカが介入せざるを得なくなり、セルビア人勢力に対するNATOの空爆が始まった。このときは、それが和平への道を開いた。

 ノーベル賞委員会は、09年にも救いようのない愚行をしでかした。実質的に、アメリカ大統領に当選したというだけの理由で、バラク・オバマに平和賞を授与したのだ。

 ブッシュ前政権との違いを鮮明にさせたアメリカ初の黒人大統領は、平和の拡大に寄与する可能性がかすかにあるだけで平和賞に値するということらしい。本来は、実際の業績をたたえる賞のはずなのだが。

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 ひょっとすると、ノーベル賞委員会が今年ホワイト・ヘルメットへの授賞を見送ったのは、09年にオバマに平和賞を与えてしまったことが理由だったのかもしれない。

 オバマはシリアでの人権蹂躙を黙殺し続けてきた。これまで下した意思決定はことごとくお粗末で、プーチンとアサドの独裁者コンビが罪なき市民を殺すのを放置している。もしホワイト・ヘルメットへの授賞を発表していたら、オバマに「平和」賞を与えたことの是非が問われていたかもしれない。人々が無残に殺されるのを傍観しているのは、「平和」的な行動とは到底言えないからだ。

 結局、ノーベル賞委員会にとっては、正義よりもメンツが大事だったのだろう。

[2016.10.18号掲載]
アフシン・モラビ(本誌コラムニスト)