アドルフ・アイヒマン(1906〜62年)はナチス・ドイツの親衛隊(SS)中佐としてホロコーストの指揮的役割を担った。戦後はアルゼンチンで逃亡生活を送ったが、60年にイスラエル諜報(ちょうほう)特務庁(モサド)によってイスラエルに連行され、裁判の末、絞首刑に処せられている。

 絞首刑から半世紀以上を経て、くしくもこのアイヒマンを題材にした映画が相次いで公開される。1本は公開中のドイツ映画「アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男」。もう1本は2月公開の米映画「アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発」だ。

 前者はアイヒマン連行のいきさつを描き、後者は心理面からその本質に迫る。ともの戦後15年目の史実。映画の舞台となった当時、すでに歴史となっていた「絶対悪」との後処理的な戦いにもかかわらず、周囲は必ずしも味方ばかりでは無い。そろって一筋縄ではいかなかった経緯が浮き彫りにされる。

 「−追え!−」の主人公はドイツ・フランクフルトでナチ戦犯の告発に執念を燃やすフリッツ・バウアー検事長(1903〜68年)だ。旧ナチ党員を公職から追放する「非ナチ化」は50年代末から始まっていたが、徹底されていなかった。戦時中、ホロコーストを逃れてスウェーデンに潜伏していたユダヤ人のバウアーは検察内ではむしろ孤立している。

 映画は彼が浴槽で溺れかけたエピソードで幕を開ける。これはバウアーが常に命の危険にさらされていたことを象徴し、作品全体に影を落とす。

 アイヒマンの潜伏情報にもなかなか動かない西ドイツ政府に業を煮やし、バウアーは情報をひそかにモサドに伝える。目的が何であれ、政府の機密情報を国外に漏らすのは反逆行為であり、文字通り命がけの行動である。

 周囲を欺き、空路イスラエルへ。謎めいたモサドの本部までの道のりのハラハラ感は、出来のいいスパイ映画のような趣がある。

 「ヒトラー暗殺、13分の誤算」(15年)「ブリッジ・オブ・スパイ」(16年)などで個性を光らせたブルクハルト・クラウスナーが、心理戦の重み、痛みをじわりと伝える好演だ。

 「−の後継者−」は、アイヒマンが連行されたちょうどその頃、米イェール大学で「アイヒマン実験」と呼ばれる心理テストを進めていたスタンレー・ミルグラム博士(1933〜84年)の実話だ。

 実験室に呼び込まれる2人の被験者。与えられた条件で1人がもう1人に電気ショックを与える。電圧は徐々に上げられ、受ける方は悲鳴を上げる。実は2人の間には壁があって、そこにはトリックがあるのだが、当の被験者にそのことは分からない。

 無作為に選んださまざまな人たちが被験し、条件によってはどんな人でも残酷な一面を見せることが実証される。つまり、環境によっては誰もがアイヒマンに成りうるということだ。この研究結果はさまざまな方面から批判を浴びるが、ミルグラム博士はハーバード、ニューヨーク市立大と場を変えながら実験を継続する。

 こちらはダイナミックな「−追え!−」とは趣を変え、舞台劇のように固定されたアングルの中で物語が進行する。「ニュースの天才」(03年)が印象に残るピーター・サースガードの目はほとんど動かない。何事にも動じないということだろうが、それを徹底するとうつろな表情にも見える。ミルグラム博士の不動の意思はきっとそんな風に見えたのだろう、と思わせる。

 国も立場も違う2人の共通点は頑固にも映る不屈の闘志だ。ナチス、アイヒマンという暗黒がきっちりと裁かれたのは、そんな人たちがいたからこそ、膨大なエネルギーが費やされたからこそ…なのだと改めて実感させられる。【相原斎】