元日本代表のMF中村俊輔(38)が97年に入団以来、慣れ親しんだ横浜Mを離れてジュビロ磐田(静岡)に移籍した。

 世界中でクラブ運営を手掛けるシティー・フットボール・グループ(CFG)が14年、横浜Mの株式20%強を取得すると編成面などにも口を挟むようになり、不満を覚えた中村は「純粋にボールを追いかけたい」と移籍を決断。13日の移籍会見でも「普通にサッカーをやりたい」とコメントしており、横浜Mがいかに居心地が悪く、サッカーに専念する環境が整っていないかをにおわせた。

「昨年の11月、選手から『練習がマンネリ。コミュニケーションの取れない指導者』と悪評だったモンバエルツ監督の続投をCFGが決め、長らく横浜Mを支えてきた裏方らも続々と解雇された。横浜Mを愛する中村がクラブに愛想を尽かした──と察知した磐田の名波監督が『いつでも門を開いて待っている』と接触。日本代表で一緒にプレーした名波監督なら『自分を必ず生かしてくれる』と中村も確信。今回の大型移籍となった」(マスコミ関係者)

■自ら磐田に連絡か

 しかしながら、中村の周辺では「中村自身が横浜Mを見限り、飛び出した格好です。そして磐田に移籍したいと連絡してきた」という話が聞こえてくる。サッカーライターがこう続ける。

「国内では、横浜Mのユニホームを着たまま引退するというイメージで語られることの多い中村だが、その素顔は周囲が思っている以上にドライです。モンバエルツ監督と不仲なのは事実。確かに15、16年シーズンと出場機会が少なく、CFGに対するわだかまりもあったが、磐田への移籍自体は、あくまで『ピッチの王様として自分が思った通りにプレーしたい』という欲求を中村自身が抑え切れなかったからです」

 年俸にしても、中村が横浜Mに残留していた場合、来季は1億2000万円といわれ、磐田には「年俸8000万円で移籍した」と報じられている。

 しかし、その真相は「横浜Mでも磐田でも来季の年俸は1億円ジャスト。磐田に移籍しても1円も損はしないことになっていた」と前出のマスコミ関係者が言う。

 誰もがビックリ仰天した中村の磐田移籍。その真相は、いろいろ報じられているわりには、意外にシンプルなのである。