突然「ウォーッ!」という大歓声が巻き起こり、立ち上がった観客によって視界は完全に遮られた。アリーナ席後方で試合を見守っていた私は、膝の上に置いたパソコンをもてあまし、中腰の状態でただあっけにとられるしかなかった。

 ウーゴ・ルイスが赤コーナーで棄権を申し出たのだ。この瞬間、国内最多となる16度目の世界戦に挑んだ長谷川穂積(真正)の、WBC世界スーパーバンタム級王座獲得が決定した。国内ジム所属選手5人目の3階級制覇達成であり、35歳9カ月での世界王座奪取は日本人最年長記録だ。いや、記録なんてどうでもよかった。ただ、長谷川というボクサーがリングで見せた熱い姿に、だれもが感情を爆発させたのだった。

 16日、エディオンアリーナ大阪で行われたダブル世界タイトルマッチは、早々にチケットが売り切れた。メインを張るWBC世界バンタム級王者、山中慎介(帝拳)と指名挑戦者、アンセルモ・モレノ(パナマ)の試合もさることながら、この日は長谷川を見に足を運んだファンが多かったに違いない。

佐藤洋太「勝つというイメージはなかったですね」

「あこがれの長谷川さんの最後の姿を目に焼き付けたいという思いで大阪まで駆けつけました。失礼ですけど、勝つというイメージはなかったですね……」

 こう語ったのは、元WBC世界スーパーフライ級チャンピオンの佐藤洋太だ。35歳の長谷川よりも3歳若い佐藤は、同王座の3度目の防衛に失敗した2013年に引退。いちファンとして岩手から来阪した元王者の言葉は、多くのファンの思いを代弁していた。

 バンタム級王座を10度防衛し、クラスを2つ上げて2階級制覇も達成した長谷川が最後に世界タイトルマッチを戦ったのは、2014年4月のことだった。

 IBF世界スーパーバンタム級王者のキコ・マルチネス(スペイン)に挑戦し、2度のダウンを奪われて7回TKO負け。既にボクシング史に名を残した長谷川である。このまま引退すると多くのファン、関係者は決めつけたが、長谷川は現役続行を決意し、記者会見では「まだ、強くなれる自分がいるし、長谷川のボクシングスタイルを確立したい」と語っていた。

原点に戻る“打たせないボクシング”の再構築。

 しかし、再起ロードは茨の道だった。マルチネス戦後に世界ランカーと2戦したが、'15年5月の第1戦は試合前に右足首のじん帯を損傷しながらの判定勝ち。同年12月の第2戦では2度のダウンを喫し、これを挽回して何とかゴールテープを切った。一時代を築いたボクサーがボロボロになっても戦う姿は、我々の心を激しく揺さぶり、思いの針は「目を離せない」と「もうやめてくれ」という両極に振れた。いずれにしても、一連の背景を考えれば、長谷川の勝利を予想するのは容易ではなかったのである。

 今回、長谷川は勝利にこだわった。最大のテーマは「(2010年に亡くなった)母親が好きだと言っていた打たれないボクシングをすること」。

 長谷川はもともと持ち前のスピードに裏打ちされた“打たせないボクシング”を身上としていた。世界王座を獲得し防衛を重ねながら攻撃の比重が高まり、最終的にはそれがあだとなって、痛烈なダウンを喫する姿を再三見せるようになった。「どんなに余裕で勝っていてもダウン1回でひっくり返されることがあるので」(長谷川)。ディフェンスの修正は復活の最大のテーマだった。

 目論み通りルイス戦は「打たせない」を徹底して試合を組み立てた。ただ意識の上でディフェンスを重視するだけでなく、これまでに比べて気持ち背中を丸めるようにして重心を落とした。ノンタイトル2試合の反省を生かし、右をもらわないようにスイングの大きな右フックを自重した。この試合をプロモートした帝拳ジムの本田明彦会長は「バランスがよくなったから、多少打たれても倒れなかった。短期間でよくあそこまで修正したと思う」と驚きを隠さなかった。

9回にアッパー被弾から打ち合いになだれこむが……。

 第一関門を突破した長谷川だったが、中盤まではイーブンの展開。8回を終えての公開採点は78−72、76−74で長谷川。もう1人は76−74でルイスを支持した。ルイスのパンチが長谷川の頭部をかすめるたびに会場の空気が凍りつく。この時点で、長谷川の勝利は確約されていなかった。

 そして9回、左アッパーを被弾した長谷川がついに後退する。試合後「少し効いた」と明かした挑戦者に、強打の王者が襲い掛かった。絶体絶命のピンチ! ここでロープを背負った長谷川が渾身の力を込めて打ち合いに出る。悲鳴と声援で会場の空気はぐちゃぐちゃとなり、長谷川が打ち勝って危険地帯から脱するとボルテージは最高潮に達した。ラウンド後半、長谷川が左ストレートでルイスを攻め込んでゴング。直後にルイス陣営が棄権を申し出た。

穂積「ここはチャンスだと思ったんです」

「最後の打ち合いで、僕がクリンチとか休むんじゃなくて、打ち合って打ち勝ったというところが今回の試合の勝因そのものだと思います」

 試合後の控え室で、勝因を問われた長谷川はこう答えた。そして続けた。

「ここはチャンスだと思ったんです。相手の攻撃が粗かったので」

 前出の佐藤(彼もまたディフェンスに長けたチャンピオンだった)は長谷川のコメントを知らない状態でこう語っている。

「最後はヒヤヒヤしてマルチネス戦を思い出しました。でも僕たちからそう見えても、長谷川さん的には“大丈夫”という感覚だったんだと思います」

 ただやみくもに打ち合ったのではない。悪いところを練習で修正し、序盤からルイスの動きをしっかり観察した上で、リスクを冒しながらも“勝算あり”の打撃戦に打って出たのだ。最後に勝利を引き寄せたシーンは、ひょっとすると今は亡き母は好まなかったかもしれないが、勝負の世界に生きる男には譲れない選択だったのである。

 試合翌日、長谷川はバッティングでカットした左目じりをテープで押さえ、メガネ姿で記者会見に現われた。同席した山中慎介(帝拳)に比べて多くを語らなかった長谷川の第一声は「勝ったという結果がすべてなんで、いまはほっとしています」だった。

 たとえ負けても感謝の言葉を贈りたいくらい気持ちで駆け付けた6000人超えのファン。だれもが長谷川を愛し、おそらくたとえ負けたとしても惜しみない拍手が送られるであろう試合で、長谷川は徹底して勝負にこだわり、そして勝利した。

 美しく散ってなどなるものか──。

 誇り高きボクサーはリングの上で己の生き様をまざまざと見せつけた。

文=渋谷淳

photograph by Tsutomu Takasu