先週末、デビスカップで日本がワールドグループ残留を決めた。

 金曜日から大阪の靭テニスセンターで行なわれたウクライナとのプレーオフで、初日のシングルス2試合、2日目のダブルスと、日本は3連勝し、最終日を待たずに勝利。ウクライナのエースであるアレクサンドル・ドルゴポロフが怪我で来日しなかったことも背景にはあるが、それにしても世界ランキング50位のイリヤ・マルチェンコと、今は105位だが5年ほど前には30位台にいたベテランのセルゲイ・スタコフスキーを擁するチームに3連勝、失セットわずか1とは予想をはるかに上回る戦いぶりだった。

 しかも、錦織圭をシングルに起用せずに、である。

 錦織は1つ年上の杉田祐一と初めてペアを組んでダブルスのみに出場。ウクライナペアを6−3、6−0、6−3で粉砕し、「初めてにもかかわらず、いいダブルスができたのは新しい発見で、これからのチームとしての可能性が見えた」と話した。

 '08年にデ杯デビューした錦織が、参戦したにもかかわらずダブルスしかプレーしなかったことは過去にない。これは、全米オープンで準決勝まで勝ち進んだ錦織の疲労を考慮した作戦とのことだったが、それが、錦織の体力をいざという最終日に備えて温存するという目的を越えた効果を生んだ。

錦織の背中を見て、若い選手たちが成長している!

 錦織が言った「チームの可能性」の中には、初日にシングルスで勝利を挙げた23歳のダニエル太郎と21歳の西岡良仁、若い2人の成長も含まれている。

「今回は錦織さんに頼らなくても、僕たちで勝てるチャンスがある」と自分を奮い立たせたダニエル。

「錦織さんは全米であんなに活躍して、どう考えても疲れている。少しでも休ませてあげたかった」と先輩をいたわった西岡。

 若い2人の責任感・使命感に満ちた言葉が印象的だった。

 錦織は若手を叱咤激励してグイグイ引っ張っていくタイプでは決してないだろう。しかし、こんなふうにも人は引っ張り上げられ、力を引き出されるものなのだ。

個人競技だが唯一、チームとして一致団結できるデ杯。

 若手だけではない。3年ぶりに代表に復帰した杉田にとっても、錦織の選択が大きな意味を持った。試合後、オンコートでも記者会見でも繰り返し言ったことは、錦織への感謝の気持ちだ。

「錦織選手はシングルスに準備してもいい中、ダブルスを取りにいくというかたちをとってくれたので、まずそのことに感謝したい。彼に力を引き出してもらえて、いいかたちで試合ができました」

 翌日が28歳の誕生日だった杉田が、消化試合ではない試合で勝ったのは5年ぶりだった。日本が27年ぶりのワールドグループ復帰を決めた2011年のプレーオフ、それは杉田のシングルス勝利から始まったのだ。18歳でのデ杯デビューもフルセットの勝利で飾った杉田は、デ杯に強い印象だった。

「個人スポーツのテニスで、唯一チームとして一致団結して戦えるのがデ杯。盛り上がるし、プレッシャーはありますけど、パワーが出るし、楽しいです。選手はみんなそうだと思いますけど、注目されるのが好きなんですよ(笑)」

世界レベルだとダブルスのスペシャリストが多くなる。

 しかしあのプレーオフ以降、杉田は代表メンバーに選ばれてもシングルスを戦うチャンスを与えられず、起用されたダブルスでは4戦全敗。

 杉田だから負けたということではないだろう。

 ワールドグループのクラスになると、多くのチームにはダブルス・スペシャリストやダブルス巧者と言われる選手がいるもので、そんな中、日本はダブルスに注力できないことが長い間課題だったのだ。ワールドグループ及びプレーオフでのダブルス勝利は、'07年のプレーオフのあとこれまでに1度しかなかった。

 それが、カナダに勝利した2年前のワールドグループ1回戦で、錦織/内山靖崇のペアだった。

ダブルスは機会こそ少ないが、錦織は結構好きなはず。

 錦織は他のトッププレーヤー同様、普段ツアーでほとんどダブルスをプレーしないが、苦手ではない。むしろ好いているくらいだということは、たまにプレーする機会を見るだけでもよくわかる。

 カナダ戦に勝ったとき、相手ペアの1人は元ダブルス世界1位のベテラン、ダニエル・ネスターで、錦織のプレーは相手チーム監督や記者を「錦織があんなにダブルスも巧いとは知らなかった」と驚かせた。未だプロでのタイトルこそないが、昨年のブリスベンではドルゴポロフと組んで準優勝した。ジュニア時代には16歳のときに全仏オープンのダブルスで優勝している。

 結局、そういう錦織をダブルスでも使わなければ勝ち目は薄いというのが現状だったのだとも言える。単複起用は負担が重く、シングルスで勝機を探るオーダーになれば、シングルスに漏れた選手がダブルスを担うというケースが多くなる。どうペアを組んだところで、即席か、そうではなくてもコンビ経験豊富といえるダブルスにはならなかった。杉田は「自分は監督の考えに従い、持ち場に全力を尽くすだけ」と言っていたが、口にはしない複雑な思いがあったはずだ。

負けられない。そして、注目の的になっての試合。

 今回、錦織以外のメンバーのランキングはダニエル88位、西岡96位、そして杉田98位。実力的には誰がシングルスに選ばれてもおかしくはなかった中で、再びダブルスを任された杉田だが、〈2日目〉に臨む気持ちは過去のものとは違った。

 即席は即席でも、パートナーは錦織。

 負けられない。

 そして、注目の的だ。

「錦織選手がダブルスをチョイスしてくれたということで、絶対ダブルスを取りにいくんだという思いを感じました。それに応えたいと思いましたし、そういう意味で気持ちが引き締まりました。尋常じゃなく緊張しましたけど、コートに入ってから爆発できたと思います」

 絶対に取りに行くダブルスを、杉田はこれまで経験したことがほとんどなかったのかもしれない。

 チームの課題だったダブルスにも光が当たり、ダニエルは「2人のすごいプレーが見られて、僕も将来ダブルスに出れたらなって思いますけど、僕だったら緊張してボレーとか入れられない(笑)」などと言って笑いを誘った。

錦織は全て計算ずくでダブルスを選んだのか?

 当たり前のオーダーで錦織がシングルスに出ていても、きっと勝ったに違いない。しかし、それでは西岡かダニエルのどちらかはこの喜びと自信を得られなかったし、杉田もこんな高揚感は味わえなかったかもしれない。

 錦織は実は全て計算ずくでダブルスを選んだのだろうか――。

 それならあまりに出来すぎた話だが、少なくとも、単なる勝利ではなく「チームの成長を伴う勝利」への賭けであり、そこには確かに大きなリスクもあった。

 初日については、「2人とも相手のほうが格上だったし、最悪、0勝2敗になるということも頭に入れていた」という。もし最終的に敗れるようなことになっていれば、疲労を理由にシングルスを戦わなかったことにも多少の批判が出ただろう。

 勝負師なのだなと思う。

 世界トップレベルの勝負師の持つ影響力を、今回また目の当たりにした気がする。

「これから日本はまだ確実に強くなっていける」

 2017年も日本はワールドグループ16カ国の中で戦う。シングルスのグランドスラム・チャンピオンを2人擁するスイス、トップ30に4〜5人も名を連ねるフランスやスペイン、単複それぞれのグランドスラム・チャンピオンを持つイギリスやセルビアなど錚々たる国々がいるトップグループだ。

「勝ち進んでいくにはまだまだ足りないところがある。でもこれから日本はまだ確実に強くなっていけると思うので、今はしばらく耐えてこのワールドグループにい続けることが最低の目標」

 力を込めて語る錦織。このエースに日本チームの力はどこまで引き上げられていくのだろう。不思議な、実におもしろいものを見させてもらっている気がする。

文=山口奈緒美

photograph by Hiromasa Mano