16歳の少年たちにとって、インドの環境は相当衝撃的だろう。

 AFC U-16選手権が開催されているのは、インドの南西部に位置する港町・ゴア。筆者はゴア州の州都であるパナジに拠点を構え、そこから毎日車で片道1時間を掛けて練習場に通い、グループリーグ3試合を戦ったGMCスタジアムまでは片道40分を掛けて通っている。

 車窓から見えるのは、多くの野犬と“野良牛”、そして時折出くわすデコボコの道と、平気でセンターラインをオーバーして来る対向車と追い越し車だ。そしてこの時期は雨季の終盤で、初戦のベトナム戦の翌日までは常に曇り空が広がり、その後も少しずつ晴れ間が見えて来たが、相変わらず突然スコールが降り出して来る。どんなときでも傘を常備しておかないと、とんでもないことになる。さらに非常に湿度が高く、ホテルの部屋でもエアコンと天井に吊るされている扇風機を回していないとジメジメする状況だ。

 そんな環境の中、彼らは戦っている。試合会場のピッチも一見芝生が綺麗に見えるが、その土台となる地面はボコボコで、試合を見ていてもイレギュラーバウンドが散見され、当然日本のように隅々まで手入れが行き届いたピッチとは雲泥の差だ。

6月の事前キャンプでは体調不良者が続出したが……。

 だが、やはり『経験』というものはこの年代において重要だと言うことを、彼らはこの環境への適応で示している。チームは6月の事前キャンプでゴアを訪れた時、体調不良者が続出し、あまりの環境の違いに戸惑う選手が多かったという。「これも重要な経験。自分達が戦う場所がいかに普段とは全く異なるかを知らないと話にならない」と森山佳郎監督が言及したように、この経験が今、大きな意味をもたらしている。

 今回、インドに来てからも選手たちの表情は非常に明るく、かつトレーニングでも試合でも、イレギュラーバウンドに苦戦すること無く、ノビノビとプレーをしている。トレーニングでは森山監督の“戦え”というメッセージが常に込められた檄に対し、しっかりと呼応し、熱のこもったプレーと、「練習で元気でギラギラな選手を使う」と森山監督が明言しているように、激しいポジション争いを演じている。

 結果、初戦のベトナム戦の7−0の大勝を皮切りに、第二戦のキルギス戦も8−0の大勝。第三戦のオーストラリア戦は開始早々に1点を奪ってからの前半は苦しんだが、後半に一気に突き放し、6−0の大勝。3試合で21得点0失点の無傷の3連勝でグループリーグ1位突破を手にした。

ピッチ状況が一変しても選手たちは柔軟に対応した。

 初戦が行なわれた日は、第1試合のオーストラリアvs.キルギスの試合中からにわか雨が降っていた。続いて行なわれた第2試合のベトナム戦は雨こそあまり降らなかったが、グラウンドコンディションはかなり荒れた状態だった。それでも日本のパスワークと果敢に裏を狙う攻撃がはまったことで、大量リードを奪えた。

 キルギス戦は前半立ち上がりの劣勢を耐えて、急なポジションチェンジにも全員が順応。FW棚橋尭士(横浜F・マリノスユース)の先制点が生まれ、そこから一気に畳み掛けた。ハーフタイムにはこれまで青空が覗いていた空が一気に灰色になり、強烈なスコールが降り出し、たちまちピッチはスリッピーな状態になった。

 一変したピッチコンディション。それにも選手たちは柔軟に対応した。

「後半、あんなに雨が降っていることは知らなかったのですが、まあ後半切り替えて、もっと積極的なプレーをしようと思いました。結果、何回かチャンスを作ることが出来たので良かったです」とFW久保建英(FC東京U-18)が語ったように、すぐに環境を受け入れ、状況に適応したプレーをしていた。特に久保を始め、MF平川怜(FC東京U-18)、福岡慎平(京都サンガU-18)、DF菅原由勢(名古屋グランパスU-18)は、精度を落とすこと無くプレーし続けた。

 そして、キルギス戦で負傷したDF小林友希(ヴィッセル神戸U-18)、オーストラリア戦のベンチ入りすらしなかったFW山田寛人(セレッソ大阪U-18)以外は、全員がコンディションとモチベーションを維持していることが、この3連勝に繋がっている。

「僕らは他の国と違って一回経験している」(久保)

「僕らは他の国と違って、本番の会場を一回経験しているので、そこを大会に入ったときにみんなでいかに優位に持って行けるかを話して、強いチームになりたいと思います」(久保)

 日本と対照的な意味で印象に残ったのがオーストラリアだ。明らかにオーストラリアはインドの環境に相当なストレスを感じていた。それが見えたのは初戦キルギス戦でのことだった。立ち上がりこそいい入りを見せながらも、徐々にイレギュラーバウンドするグラウンドや多湿の気候にいらだちを見せ始め、オーストラリアらしからぬミスを連発。自滅と言うべき形で初戦を0−1で落とした。

 第2戦のベトナム戦も明らかに選手たちのモチベーションは落ちて2−3で敗戦した。関係者に話を聞くと、オーストラリアはホテルや試合会場にかなり不満を持ち、ストレスフルになっているという。現に日本戦も立ち上がりの失点は、お粗末極まりないものだった。

環境を完全に受け入れているから不満を口にしない。

 正直、現地に滞在しているとインドという環境に苦しむ気持ちは分からなくはないが、それがピッチ上に出てしまっては、グループリーグ3連敗という結果を残してしまうのも頷ける。

 それに対してU-16日本代表の選手は、ピッチコンディションについてあまり言及しない。質問がピッチコンディションに及べば、少しは出て来るが、彼らはこの環境を完全に受け入れているからこそ、不満を口に出そうとはしない。

 この様子を取材していて感じるのは前述した通り、“一度経験すること”の重要性だ。“現代っ子はひ弱い”と言われがちだが、それは彼らに相応な経験を積ませていないだけ。過保護の環境が、彼らがタフな経験を積む機会を奪っているとも言える。

 大会前に菅原が語った言葉が非常に印象的だった。

「常に森山監督は、どんな環境でも自分のプレーを出さなきゃいけないという決まりを持っているので、そこはしっかりとやりたい。サッカーをやる僕らからすると、インドの気候がどうであっても仕方がないと思います」

小野ら黄金世代もブルキナファソ遠征で逞しくなった。

 森山監督は常に“戦う”ことを意識させている。その“戦う”の意味には相手だけでなく、ピッチコンディションや気候などの“環境”も含まれる。常に森山監督は「インドのピッチはこんなもんじゃない。いつも綺麗な人工芝ピッチや天然芝ピッチで試合をやっているけど、アジアや世界はそんな甘い環境ではない」と選手たちに伝え、国内の試合でも敢えて劣悪な環境をセレクトし、一切の言い訳をさせない雰囲気を作り出して来た。

「本当はもっと劣悪な場所に行って経験をさせたい。アフリカとか、いろんな国を経験することで強くなる」(森山監督)

 思い浮かぶのは、小野伸二、中田浩二らを擁した黄金世代だ。日本代表監督と兼任する形でU-20日本代表を率いたフィリップ・トルシエは、ワールドユース選手権(現・U-20W杯)が開催されるナイジェリアという劣悪な環境に適応させるべく、自身が代表監督を務めた過去のあるブルキナファソへ遠征に行き、そこでアフリカの現実を選手たちに目の当たりにさせた。

 これで免疫が出来た日本は、'99年のナイジェリアU-20W杯で準優勝を達成。その時、選手たちは「ブルキナファソで価値観が変わった」と口にしており、事前に劣悪な環境で経験を積む意義を実証した。

 そんな偉大な先輩たちに続くためにも、彼らはまず来年のU-17W杯の出場権を手にしなければいけない。まずは25日に迎える準々決勝・UAE戦に万全のコンディションで臨み、勝利を収めることで、環境に適応した彼らの真価が示される。

文=安藤隆人

photograph by AFLO