9月19日、横浜DeNAベイスターズが球団史上初のクライマックスシリーズ(CS)進出を決めた。

 Aクラス入りといえば聞こえはいいが、「6チーム中3位になっただけ」という冷めた見方があるのも事実だ。それでも、ベイスターズの歩んできた過去を思えば、球団やファンが感慨にふけるのは当然のことだろう。

 21世紀のベイスターズは、昨季までの15年間で853勝1236敗。積み重ねた借金は383(年平均25以上)に上る。DeNAが親会社になった初年度の2012年も46勝85敗、勝率.351という厳しい船出だった。

 札束を積んでFA補強に打って出たわけではない。外国人選手の獲得には積極的だったが、チーム状況を激変させるほどのインパクトがあったわけでもなかった。戦力、選手層に大きな変化がない中でこれまで以上の結果を出したとすれば、やはり就任1年目のアレックス・ラミレス監督の功績は決して小さくないはずだ。

選手がミスをしたとしても「That happens」。

 ラミレス監督の特徴の一つは、謙虚であることだと感じる。

 試合に敗れた時、選手がミスをした時、しばしばこう口にするのを耳にした。

「That happens.(そういうこともある)」

 言い訳をせず、淡々と現実に向き合う姿勢が印象的だった。

 自身の采配を「ミスをおかして負けた試合もある」と率直に認め、借金が最大11にまで膨れあがった序盤戦については「若い選手を正しく使うことができなかった」と振り返る。もっともらしい理屈を並べて責任を回避するのではなく、「そこから学んでいこう」とポジティブな姿勢を貫いた。

 徹底した分析と、そこから導き出されるデータが軌道修正のベースとなった。時にファンから批判を浴びるほどに不調の選手を使い続け、結果的に復調を果たして我慢が報われた。そうした選手への信頼やデータ主義はたしかに実を結んだが、何より選手たちを変え、チームの空気を変えたのはラミレスの発し続ける言葉だったのではないだろうか。

毎回のように言った「Tomorrow is Another Day」。

 就任1年目のスローガンは、自身が考案した「WE PLAY TO WIN」。平易な単語を4つ並べた一文で、勝利への強い意識をチームに浸透させた。ここ数年、横浜スタジアムの観客動員数は飛躍的に伸び、それとともに「あとは勝つだけ」という言葉が球団内からも、ファンからも、ことあるごとに出るようになっていた。そうした思いを真正面から受け止めるようなスローガンでもあった。

 だが掲げた言葉とは裏腹に、序盤戦は苦しんだ。指揮官は欠かさず行う試合後の囲み取材で、「Tomorrow is Another Day」と毎回のように言った。当初は、負けた悔しさを引きずらず気持ちを切り替えるためにそう言っているのかと思っていたが、やがて、勝っても同じことを言い続けていることに気づかされた。

 勝っておごらず、負けてうつむかず。「明日は明日」の一言には、いいことも悪いことも、過去のすべてを一度分断し、明日への準備に意識を傾けさせる不思議な力が宿っているようだった。

主将・筒香の思考法ともぴたりと合致した。

 それは主将である筒香嘉智の思考法ともぴたりと合致する。筒香は試合に向けての準備について、こんなふうに話していたことがある。

「気持ちを切り替えるというよりも、試合が終わったら、もう次の日に対しての準備が始まる。うまくいったこと、うまくいかなかったこと。ただその2つだけをきっちり頭の中に置いて、明日の準備に入る。だから負けてどうとか、打てなくてどう、ということはまったく考えないですね」

 季節が進み、徐々にチーム状態が上がっていくと、ラミレスはポジティブな言葉を連呼して選手たちの背中を押した。「監督も常々『目の前の試合を1つずつ勝っていこう』と言っていますから」などと、ミーティングなどでのラミレスの言葉を引用する選手が多くなっていった。

 シーズン中に絶不調に陥った山崎康晃とロペスを我慢強く起用したのも、2人の心にポジティブの灯りが消えていないのを見抜いたからだった。ラミレスは言う。

「彼ら自身が苦悩している時でも下を向かず、一生懸命プレーし続けてくれた。だから必ずまた(調子が)戻ってきてくれると信じ続けることができた。そこが我慢することができた“ライン”だったのではないかと思う」

CS進出が現実味を帯びて使った「Cross the Line」。

 CS進出が現実味を帯びはじめた8月下旬になってから、しきりに使い始めたフレーズがある。

「Cross the Line.(線を越えろ)」

 順位表の3位と4位の間に引かれた一本の“Line”。一度でもその線を越えれば風景が、意識が変わる。Aクラスにずっといられるチームになるための第一歩がそこから始まる。そのチャンスが目の前にあった。

 チーム全員で一線をまたいだ試合の後、筒香は言った。

「監督が常に前向きな言葉を選手にかけ続けて、やる気にさせてくれた。それがあってこそ、選手全員が自信をもってできたと思う」

 ラミレスも筒香も、心の中では不安や怒りといった感情の波が立つことも当然あったはずだ。しかし、それを決して言葉には出さなかった。疲労がたまり、何か一つのきっかけでガタガタと崩れかねない終盤戦に入っても、チームはしっかりとファイティングポーズをとり続けることができた。それはやはり、言葉がつくる力に支えられていたからではないだろうか。

 CS決定後の囲み取材で、「これで少し重圧から解放された?」と問われたラミレスは顔をほころばせて言った。

「A little bitジャナイ、Big big relief(少しどころじゃない、本当にホッとしているよ)」

 久々に、ラミちゃんの本音を聞いた気がした。

文=日比野恭三

photograph by Naoya Sanuki