「東京から新幹線に乗って鈴鹿へ向かう、あの雰囲気が好きだ」(ロマン・グロージャン/ハース)

 グランプリをレースだけに限定せず、祭り事としてとらえた場合、日本GPはすでに自宅を出発して、鈴鹿へ向かった瞬間からスタートしているといってもいいだろう。海外のドライバーにとっては、来日した瞬間がそうである。2013年のレースでスタート直後にトップに立ち、レッドブル勢と激しい優勝争いを演じたグロージャン(当時ロータス所属)は、日本に到着した後、東京を探索したり、日本食を堪能してから鈴鹿へ向かうのが好きだという。

 東京から新幹線で名古屋へ向かう車中も、F1ドライバーにとってはエキサイティングな時間だ。「新幹線のトップスピードは時速300km!! まるでF1マシン」と語るのはロズベルグ(メルセデスAMG)。名古屋で在来線に乗り換えて到着した白子駅では、歴代日本GP優勝者の名前が刻まれた記念のモニュメントがドライバーを温かく迎える。

 それだけではない。駅からホテルへ向かう通りには、あちこちに日本GPのノボリが立てられ、街全体がF1を歓迎していることを感じる。F1はヨーロッパで誕生した文化だが、その一部として、いまや鈴鹿は欠かせない存在になっている。

攻めないとタイムが出ないけど、攻めすぎると……。

「攻めないとタイムが出ないけど、攻めすぎるとミスしてしまう、あの難しさが好きだ」(小林可夢偉)

 鈴鹿が世界でも屈指のドライバーズサーキットであることは有名である。その理由のひとつは、1コーナーに進入してから7つ目のコーナーとなるダンロップまで、コーナーが連続しているチャレンジングなセクター1区間にある。「ひとつミスすると、次も、そしてまた次もミスを引きずる難しさがある」と可夢偉はかつて語っていたことがある。

 ただし、鈴鹿の難所はセクター1だけではない。今シーズン、メルセデスAMG勢に次いでドライバーズ選手権で3位につけているレッドブルのダニエル・リチャルドは「セクター1を過ぎた直後のデグナーこそ、鈴鹿の醍醐味。入口で攻めすぎると出口で必ずコースオフしてしまうんだ」と、その難しさを説明する。

「落とせそうで、なかなか落とせない女性のようだ」

 また鈴鹿出場5回のうち4度入賞しているフォース・インディアのニコ・ヒュルケンベルグは「S字も難しいけど、130Rもなかなかチャレンジングだ」という。

 攻め甲斐のあるコーナーが至る所にある。それがF1ドライバーたちのハートを虜にする。可夢偉はそのことを恋愛にたとえて、こう表現していたものである。「落とせそうで、なかなか落とせない女性のようだ」。その可夢偉がその恋愛を成就させたのが2012年だった。日本人として3人目の表彰台を、大好きな鈴鹿で達成した。

「夜遅くまでグランドスタンドに残って応援してくれる、あの熱心なファンが好きだ」(セルジオ・ペレス/フォース・インディア)

 鈴鹿が多くのF1ドライバーたちに愛されているのは、決してコースレイアウトだけにあるわけではない。ドライバーたちが異口同音に発するのは、鈴鹿に集うファンの存在である。海外のファンが「熱狂的」と表現されるなら、鈴鹿のファンは「熱心」である。イベントが終了しても、メカニックたちの作業を夜遅くまでスタンドから見つめているファンが数千人もいる国は、ほかにはない。

かつてセナは「まるでブラジルのようだ」とも。

 また地元のドライバーを応援することが多い海外のファンに比べて、鈴鹿ほど平等にドライバーを応援するサーキットはない。ブラジルの大英雄、アイルトン・セナがかつて鈴鹿を訪れたとき、たくさんのブラジル国旗が掲げられている光景を見て、「まるでブラジルのようだ」と感動していた。

 その後輩であるフェリペ・マッサ(ウィリアムズ)も「そんな鈴鹿のファンに会うのが楽しみ」というドライバーのひとりだ。すでに今シーズン限りでF1からの引退を表明しているマッサ。F1ドライバーとして最後の鈴鹿は、特別な思いで迎えることだろう。

 そして、そんな鈴鹿で年に一度の日本GPが開催される時を待つ、この瞬間が好きだ。今年は、どんなドラマが待っているのだろうか。

文=尾張正博

photograph by AFLO