カリブの血を引くチャーミングな18歳が、女子テニス界のトップへと続く階段を駆け上がっている。ハイチ系米国人の父と日本人の母のもとに大阪で生まれ、ニューヨークとフロリダで育った大坂なおみは、初のツアータイトルを母国のプレミア大会(東レ・パンパシフィックオープン)で手にしかけた。

 何日もずっと隠れたままだった太陽も祝福してくれそうな最高の日曜日になることを誰もが願っていたが、元女王キャロライン・ヴォズニアッキの壁は高かった。あくまで現時点では──。

「(負けたけど)それでもすごくハッピーよ」これはファイナルで敗れた後に彼女が英語で言った言葉。「応援してくれて、ありがと」あまり得意ではない日本語でそう言うと、有明コロシアムにいた多くの人の顔がほころんだ。

世界のトップ選手が、大坂のパワーに驚愕。

 でもプレースタイルは、良い意味で可愛さとは無縁だ。シグネチャーのビッグサーブは、今大会でも最高で194キロを記録。準々決勝のアリャクサンドラ・サスノビッチ戦を締めくくった真ん中への193キロの弾道が最も印象的だった。あまりに速すぎて黄色の一条が一弾指に過ぎただけに見えたサーブについて、それを最も近くで見た22歳のベラルーシ人は試合後の会見で、「男子のサーブみたいだったわ」と、クリッとした両目を見開いて明かしてくれた。

 グラウンドストロークの威力も半端じゃない。ラリーで守勢に回っても、一度の強打で形勢を逆転できるその球筋には、決勝のスタンドから何度も驚きの声が上がっていた。鋭く風を切る音は、確かに空気を震わせていたのだ。また、WTA公式サイトによるとフォアハンドが得意とされているが、バックハンドのダウンザラインでウィナーを奪ったシーンも少なくなかった。

 今大会のトップシード、ガルビニェ・ムグルサが「彼女とは練習したことがあるけど、もう本当にパワフルなの。あの素晴らしい筋肉は現代テニス向きよね」と太鼓判を押す才能の持ち主は、昨季終了時のWTAランキング203位(公式サイトより)から、この9カ月を経て40位台に入ろうとしている。

クルム伊達公子以来の決勝進出。

 実際、昨年の東レ・パンパシフィックオープンで大坂はかなり大味なプレーを披露していたが、今年は精度の高まりを示していた。そして父のレオナルドさんも「予想していなかった」という決勝に到達。日本人選手の決勝進出は、1995年のクルム伊達公子以来の快挙となった。

「彼女は偉大な選手になるわ。ランキングをものすごい早さで上がってきているしね」と優勝したヴォズニアッキも同調し、大坂の憧れの存在でもある女王(厳密に言えば今は2位)セリーナ・ウィリアムズも「すごく危険な存在」と認めている。

 プロ野球のヤクルトの野村克也元監督は投手の新人を獲得するとき、「球の速い選手を取るように」とスカウトに指示していたという。それは天性の部分が大きく占めるものだからだ。変化球やコントロールは後からでも覚えられるが、速いボールを投げるには、稀有な素質が必要となる。テニスもそこは同じだろう。

現時点では、まだ精神面には波がある。

 もちろん現時点では課題もある。精神面が特に重要となるテニスにおいて、トップ中のトップの扉を開けるにはメンタルタフネスが不可欠だ。先の全米オープンでは3回戦のマディソン・キーズ戦の3セット目で5−1とリードしながら、「メンタルが崩壊して」(本人談)逆転負けを喫している。また今大会では全般的に立ち上がりに難を見せ、序盤になかなかファーストサーブが入らない試合が多かった。

 さらに決勝では、ファーストセットの途中で相手が医療タイムアウトを取ったときに、「気にしすぎた」ことを自分でも認めており、結局そのセットは競り負けた。そして2セット目の途中には、なかなか入らないビッグサーブを諦めて、置きにいくようなサーブを打つようになり、逆に持ち味が消えてしまっていた。ただし、経験を重ねて自信を身につけていけば、そうした場面にもうまく対処できるようになるのではないか。

最後にかならず「おやすみー」と言って会見を去る。

 でも、とも思う。こんな一般的な考えは彼女にはあまりそぐわないことかもしれない、と。

「Honestly(正直に言うと)、この試合で考えた(の)は、焼肉食べたいなあってこと」

 準々決勝後の会見、最後の質問への回答だ。質問は、「あなたの守備は成長していると思いますか?」だった。部屋が爆笑に包まれたのは言うまでもないが、たぶんウケを狙っていたわけでも、相手に敬意を払っていなかったわけでもないと思う。天然の、極めて特別な資質は色んな形で表に現れるのだろう。

 日本女子テニス界に現れたとてつもない才能は、開花の段階に入っている。最後に必ず「おやすみー」と言って会見場を後にするなおみちゃん(本人の希望呼称)は、これから僕らをどれほど驚かせてくれるだろうか。セリーナ・ウィリアムズがついに王座を降り、上位も混沌としてきた女子テニス界。そこに大坂が食い込んでいったとしても不思議はない。

文=井川洋一

photograph by AFLO