「気持ちには引力がある」

 この言葉は森山佳郎監督がサンフレッチェ広島ユースの監督時代に、選手達によく口にしていた言葉であり、U-16日本代表監督に就任してからも、指導のベースとしているものだ。

「相手に勝ちたい」「ライバルに負けたくない」「ゴールを決めたい」「ゴールを守りたい」「ボールを奪いたい」――など、様々な戦いへの意欲が、プレーに現れた瞬間、ボールやゴール、勝利が自分達の下に引き寄せられるということを指す。

「2月の立ち上がりの時からたっぷり注入されているので、今日は溢れ出るくらいあったと思います」(CB菅原由勢)

 AFC U-16選手権の大一番・準々決勝のUAE戦で、U-16日本代表は勝利への執念を前面に出したサッカーを展開した。31分にMF久保建英の右CKを相手GKがファンブルしたこぼれ球を押し込んだCB瀬古歩夢のゴールが決勝弾となり、1−0の完封勝利を収め、来年同じくインドで開催されるU-17W杯出場権を掴み取った。

チャンスを逸した後の2人の、驚くべき行動。

 この試合、森山監督の魂がチームに完全に植え付けられていることを証明する、象徴的なシーンがあった。

 それは86分のシーンだ。

 MF久保建英のパスを受けたFW宮代大聖のシュートがDFに当たり、日本は左CKを獲得。この時、コーナーを蹴りに行ったのは、これまでのMF福岡慎平ではなく、菅原だった。菅原の右足から放たれたキックは、ゴール前に飛び込んだ瀬古の頭にどんぴしゃのタイミングで届く。だが、瀬古のヘッドはバーを叩き、そのままゴールを越えて相手のゴールキックとなった。

 驚かされたのは、チャンスを逸した後の2人の動きだ。菅原と瀬古はボールがエンドを割った瞬間、全力疾走でセンターサークルまで戻っていったのだ。

 一見、何気ないプレーに見える。だがそれは非常に重要なプレーであり、気迫が前面に伝わるプレーでもあった。

失敗しても、すぐに態勢を立て直す粘り強さ。

 まずはこのシーンに至るまでの流れを振り返ってみたい。

 先制後、数多くのチャンスを作り出したものの、試合のトドメとなる追加点が奪えず、相手の鋭いカウンターに苦しむシーンもあった。それが前半残り5分を切った状況で、菅原のキックの精度も、瀬古の飛び込むタイミングもドンピシャとなったヘッドが入らない――。

 普通ならばそこで少しは悔しがったり、がっくり来るものである。しかし、2人はその素振りを一瞬たりとも見せず、自陣に全力疾走で戻っていった。センターライン付近にはUAEのFWが今にも裏に抜け出さんと構えていたが、彼らのあまりにも早い帰陣に裏への飛び出しを見て諦めたかのように、その構えをやめていた。

 試合後、菅原本人にこのシーンについて質問をぶつけてみた。するとこう答えが返って来た。

「僕にとっても、あのシーンは鮮明に印象に残っています。あのCKを得た時、瀬古と『俺たちが行くなら、2人で決めてやろう』と話して、絶対に点を取るつもりでCKを蹴りにいきました。同時に2人で点を決めることが出来たら、思いっきり喜んで、決められなかったらダッシュで戻ると決めていた。あのシーンでもし『あ〜外した』と動きが止まっていたら、絶対に1対1や2対1(UAEの数的優位の状況)のカウンターになっていたと思います」

チャレンジは失敗したが、リスクマネジメントには成功。

 試合を決める覚悟でCKに臨み、そこで仕留められなくても、自分達が全力で戻ることで、相手のカウンターを封じる。最初から2人の中でチャレンジとリスクマネジメントが両立していたのだ。そして、彼らのチャレンジはあと一歩のところで成功しなかったが、瞬時に鬼気迫る勢いで戻ったことで、リスクマネジメントには成功したのだ。

 これこそが森山監督が植え付けた真の「戦う気持ち」であり、それが勝負を引き寄せる引力を発生させたのだ。

 この引力を発生させたのは彼ら2人だけでは無い。平川怜と福岡のダブルボランチの引力も強烈なものだった。

「平川はチームで一番ボールを落ち着かせることが出来る選手。今日も何度もカオスになりかけたゲームを、何度も自分達の下に戻してくれた選手。福岡はすべてを懸けて戦ってくれる選手。よく選手達には『ぶっ倒れるくらいまで走れ』と言いますが、本当にあいつはそれをやってくれた」(森山監督)

「(勝負は)試合までに80%決まっている」

 このチームの心臓でもある2人。福岡が豊富な運動量を駆使して、中盤で猛プレスを仕掛けると、一方の平川は福岡の動きを常に視野に捉えながら危険なスペースを埋め、セカンドボールを一掃し、攻撃の起点として正確なパスを前線に供給し続ける。この2人の関係性こそが、最後まで日本のリズムを作り続けた最大の要因となった。

 他にも右サイドバックでスタメン出場をしたMF喜田陽も、90分間絶え間ないアップダウンを繰り返し、球際の激しさと出足の鋭さを駆使して、インターセプトからチャンスを作り出していった。

 80分に自ら獲得したPKを外し、ノーゴールに終わってしまった宮代も、最後まで気持ちを切らすこと無く、全力で前線からボールを追いかけ続けた。

「宮代の気持ちが凄く、ヒシヒシと感じるものがあった」と森山監督が語ったように、チームの勝利のために身体を張り続けた宮代を、最後までピッチに残した。

「実は前日の練習を見て、『これは勝てる』という確信が生まれていました。(前日練習は)かなり集中力高くて、『これで負けることは無いだろう』と。選手達に『(勝負は)試合までに80%決まっている』と話している。今回は80%が我々の勝利で、あと20%は『何が起こるか分からない』。この20%をうまくみんながカバーしてやってくれた」(森山監督)

 試合の90分間だけで出る“引力”は弱い。試合前からその“引力”を醸し出すことで、90分間のうちに迎えるピークはより高い位置にいくことになる。それは即ち勝率を高めることに繋がる。

「僕たちは常に戦う気持ちを持っています。最後のあの『戻り』も、スタッフや選手23人全員が団結し、記者さんだったり、サポーターさんだったりの気持ちが、自分の足を動かしてくれたのだと思います」(菅原)

「気持ちには引力がある」

 森山監督の教えを、彼らはしっかりとピッチ上で表現する。勝利が引き寄せられるのは、まさに必然のことであった。

文=安藤隆人

photograph by AFLO