昨年末にスタートしたMMAイベント『RIZIN』の特徴の一つは、大規模な興行にもかかわらずキャリアの浅い選手が多いことだ。9月25日のさいたまスーパーアリーナ大会にも、その傾向はあった。

 ミルコ・クロコップ、藤田和之らベテランも出場する一方、大会セミファイナル、フジテレビの中継では最後に流れたRENAvs.山本美憂は、MMA2戦目とデビュー戦の闘いだった。ほかにもバルト、山本アーセンが2戦目、村田夏南子が4戦目、木村“フィリップ”ミノルがデビュー戦と、他のビッグマッチでは考えられないようなラインナップ。このマッチメイクから『RIZIN』を“ルーキーリーグ”だと揶揄することもできるだろう。

リアリズムよりも幻想を重視するのが『RIZIN』。

 ただ、ルーキーたちによるビッグマッチは、MMAというジャンルでなら成立しうる。彼らは単なる“新人”ではないからだ。RENAは立ち技格闘技シュートボクシングの女子エース。山本美憂は女子レスリングのパイオニア的存在として知られている。アーセンはその息子、つまり山本“KID”徳郁の甥という血筋。バルトには大相撲、村田にはレスリングというバックボーンがある。木村は新生K-1きってのハードパンチャーだ。

 いわば彼らはスペシャリスト。現代MMAらしいオールラウンダーではなく、技術に偏りはあるが、だからこそ試合には“他流試合”としての妙味も出てくる。

「どれだけ打撃で痛めつけられても、タックル一発で形勢逆転できるんじゃないか」

「寝技に持ち込まれたらアウトだけど、その前にワンパンチでKOしてしまうかも」

 スペシャリストの闘いは、偏っているがゆえに、観客の「こうなったら凄いな」という想像、言うならば幻想を刺激する力があるのだ。リアリズムよりも幻想を重視するのが『RIZIN』、そう言ってしまっても間違いではないと思う(本当は“鳴り物入り”だけでなく、もう少し“叩き上げ”にもチャンスがあるといいのだが)。

ヒクソンの次男・クロンの試合に感じたリアリズム。

 とはいえ、リアリズムはやはり強い。この日、シュートボクシング王者のアンディ・サワーはMMA2戦目でダロン・クルックシャンクに敗れた。打撃対決が期待されたこの試合だが、長くUFCで活躍してきたクルックシャンクは、試合開始直後にテイクダウンすると、あっさりリアネイキッドチョーク(RNC)を極めている。

 クルックシャンクにとって大事だったのは、主催者や観客の期待に応えることより、相手の弱点を突くことだった。ストライカー相手に寝技で勝負するのは当然の話。ミもフタもないけれど、つまりそれがリアリズムだ。

 リアリズムを乗り越えたところに生まれる幻想。今大会で最も強くそれを感じたのは、クロン・グレイシーの試合だった。ヒクソン・グレイシーの次男であり柔術の強豪。グラップリングマッチでは青木真也に一本勝ちしたこともある。

クロンの“これしかない”が上回った。

 そんなクロンが、MMAキャリア3戦目にしてメインイベントで所英男と対戦した。ZST、HERO'S、DREAMそしてケージファイトと、最前線で身体を張ってきた日本を代表する格闘家である。65.8kgという契約体重は所にとってベストより少し重かったかもしれないが、MMAのキャリアには大きな差がある。

 常に“極め”を狙って動き回るスタイルの寝技、加えてパンチも一級品だ。セコンドの勝村周一朗が「一本、KOじゃなく判定勝ちを狙わせるくらいでちょうどいい」と言うほどの“攻めたがり”がアダになることもあるが、クロンをリアリズムで、たとえば寝技を避けて打撃を当て続けることで完封する可能性もあったのではないか。

 ところが、である。試合はいつの間にかグラウンドの局面になっていた。この“いつの間にか”という感じが、いかにもグレイシーらしい。所は得意の右ストレートをヒットさせたが、クロンは臆さなかった。器用とは言えないが、自分から左フックを繰り出す場面も。

 おそらく、所は打撃でも寝技でも勝負できると考えていたのではないか。一方のクロンは、寝技に活路を見出すしかなかったはず。そしてこの試合では、スペシャリストの“これしかない”が活きた。

時間ギリギリでどうにか極めた、とは異なる印象。

 確実にバックをキープし、パンチを浴びせつつじっくりとチョークを狙っていくクロン。所が身体を回転させ、上を取る場面もあったのだが、そこで待っていたのは腕十字、三角絞めといった下からのサブミッションだった。RNCでフィニッシュしたタイムは1ラウンド9分44秒。RIZINルールは1ラウンド10分だから、ゴング直前のタップアウトだったことになる。だが、そこに「時間ギリギリでどうにか極めた」という印象はなかった。

 1ラウンド残り1分を切ったところで、クロンはバックキープからマウントポジションに切り替えている。そうしてより強いパウンドを叩き込んでいったのだ。所はパウンドを嫌って思わずうつ伏せになる。うつ伏せは相手に背中を向ける無防備な体勢だ。そうなれば、クロンが所のノドに腕を差し入れるのも難しいことではなかった。

打撃の専門家にKOされるかもしれない。でも……。

 ラスト1分で、クロンは攻撃のテンポを上げた。9分すぎまでたっぷり“削った”上で仕留めたとも言えるし、相手に反撃する時間を与えないペース配分だったとも言える。いずれにしても、所相手にそれをやってのけるだけの能力を彼が持っていたということだ。試合後、「この勝利は練習の賜物。ゲームプランはなく、どんな局面にも対応できるようにしてきた」と語ったクロンに対し、所は「何もできなかった。完敗です」とうなだれるしかなかった。

 キャリア3戦目で所英男に一本勝ち。この勝利で、クロンはさらにその幻想を高めた。いつか打撃の専門家にKOされるかもしれない。でも、一発も打撃をもらわずに十字やRNCを極めてしまうかもしれない。底が見えない寝技幻想。しかもその幻想の持ち主は、ほかならぬヒクソンの息子、グレイシー一族なのだ。

『PRIDE.1』で高田延彦とヒクソンが闘ってから、来年で20年になる。バーリ・トゥードはMMAと呼ばれるようになった。選手層は厚くなり、ルールは整備された。そんな2016年にも、グレイシーは強かったのである。それもまた、極上の幻想だ。

文=橋本宗洋

photograph by Essei Hara