その瞬間、小林悠が抱いていたのは、チームメイトとは異なる感情だった。

 9月25日に行なわれたJ1セカンドステージ13節、3位・川崎フロンターレ対4位・横浜F・マリノス戦。川崎のGK新井章太の負傷によって設けられた9分ものロスタイムの6分と8分にゴールを許した川崎は、安全圏だと思われていた2点のリードを、あっと言う間に失った。

 バタバタと倒れ込んだり、膝に手をやってうなだれたりする川崎の選手たちと、「まだ終わってないぞ!」と手をたたき、必死に鼓舞するキャプテンの中村憲剛。

 だが、小林は、怒りに身体を震わせていた。

「ふざけんな、何しているんだ! って思っていました」

 大久保嘉人が出場停止のため、従来のサイドハーフや2シャドーではなく、1トップに入った日本代表FWの脳裏に浮かんだのは、前節の屈辱だった。

 大宮アルディージャに2−1とリードしながら84分に追いつかれると、89分に逆転ゴールを食らって、敗れたばかりだったのだ。

「前節にああいう負け方をして、勝点3を取るのがいかに難しいかを学んだはずなのに、ああいう失点をするなんて、本当にありえない」

90+10分、「来い、来い、来い」の決勝ヘッド。

 もっとも、怒りで自分を見失うのではなく、その怒りを自分のパワーに変換できるところが、小林の魅力だろう。

「ロスタイムが長すぎて、あと何分なのか分からなかったので、もしかしたら、まだあるんじゃないかって。それなら自分が絶対に決めてやる。そういう強い気持ちを切らさず、俺のところに『来い、来い、来い』って思っていたんです」

 90+10分、その執念が、実った。

 中村の右コーナーキックが逆サイドに流れると、それを拾った田坂祐介がゴール前にクロスを入れる。ニアに飛び込んだ森本貴幸の背後で待っていたのが、小林だった。

 首を振ってボールの軌道を変えると、横浜ゴールの右サイドネットが揺れる。激闘の終わりを告げるホイッスルが吹かれたのは、その50秒後のことだった。

 この勝利で川崎は年間順位1位の座を守り、セカンドステージ2位に返り咲いた。

チームを救った小林は、三好のミスも帳消しにした。

 ファーストステージをわずか1敗で駆け抜けた川崎だったが、セカンドステージでは前述した第12節の大宮戦だけでなく、第8節のサガン鳥栖戦、第10節の柏レイソル戦にも敗れ、強さに陰りが見え始めていた。

 あのままドローで終わっていたら、このままズルズルと失速してしまってもおかしくない。そんな危機的状況からチームを救った値千金の決勝ゴール――。その意味で、小林のゴールがもたらしたのは、単なる勝点3ではなかった。

 だが、小林のゴールが救ったのは、チームだけではない。チームの未来を背負う19歳の若者も、小林のゴールによって大きく救われていた。

「完全に自分のミスだったので、本当に助けられました」

 試合後のミックスゾーンで額から吹き出る汗を右手で拭いながら、三好康児は安堵のため息をついた。同点に追いつかれた90+8分の場面、齋藤学にプレゼントパスを与え、痛恨のミスを犯していたのが、この19歳の若者だったのだ。

ループシュートを決めた直後に味わった恐ろしさ。

「(大島)僚太くんとエドゥ(エドゥアルド)がちょうど後ろにいて、僚太くんに丁寧に出したつもりだったんですけど、中途半端な位置に行ってしまって……。それなら自分で蹴っておけばよかったと思いますし、残り時間が少ない中での小さな判断ミスが大きな失点につながってしまうので、本当にもったいないなって」

 大久保やエドゥアルド・ネットが出場停止だったため、10試合ぶりの先発となった生え抜きのアタッカーは、何度もゴール前に飛び出し、チャンスを創出。84分には田坂のパスを受け、GKの鼻先でボールを浮かせ、勝負を決定づける(と思われた)チームの2点目をゲットした。

 マン・オブ・ザ・マッチ級の活躍で、ヒーローインタビューも間違いなし。ところが、自身のゴールから14分後、自陣でしゃがみこみ、頭を抱える三好がいた。プロ2年目の若者にとって改めてサッカーの怖さを思い知るゲームになったに違いない。

ボランチで出場した憲剛も三好に“注文”をつけた。

「本当に、さんざん荒らしてくれたなっていう。点を取ったのは素晴らしかったですけど、そのあと若さが出てしまいましたね」

 そう苦笑した小林は、ミスのシーンについて言及した。

「蹴ってもいい。ああいう時間帯でのバックパスや横パスは……」

 そこでいったん言葉を飲み込むと、こう続けた。

「まあ、でも分かります。自分もそういう経験をしてきましたし、それが、たまたま負けになるか、勝ちになるかっていう差だと思うんですけど、ああいう経験が選手をすごく成長させると思うので、この結果でチームがまた強くなれればいいと思います」

 今や日本代表の一員である小林にも若い頃にはチームを敗戦に追い込みかねないミスを犯したり、消極的なプレーでチャンスをフイにしたりした苦い思い出がある。

 もちろん、小林だけではない。中村にも、エースとして君臨したジュニーニョから厳しい言葉をぶつけられ、成長してきた過去がある。エドゥアルド・ネットの出場停止によって、トップ下ではなく、この日はボランチに入った中村が言う。

「点を取ってくれた選手なので言わなくてもいいと思うけど、今日に関してはもっとやれたと思う。最後のミスはもちろん、それまでのプレーもまだまだ怖さが足りないし、ミスも多い。三好ならもっとできるはずだから、言わなきゃいけないことは言う」

「その『代役』って言い方、もうやめませんか」

 大久保とエドゥアルド・ネットの出場停止によってチャンスを掴んだ三好と狩野健太がゴールを奪い、1トップにポジションを移した小林も、決勝ゴールという最高の形でミッションを果たしてみせた。

 そんな、この日の彼らの活躍を見て思い出したのは、5年前の中村の言葉だった。

 2011年11月、ブラジル・ワールドカップのアジア3次予選。負傷で本田圭佑が不在だったため、トップ下を務めることが予想された中村が、取材陣から投げかけられた「本田の代役」という言葉に反応した。

「その『代役』って言い方、もうやめませんか。俺は圭佑のようにはプレーできないし、圭佑だって俺と同じプレーはできない。監督が俺を使うということは、自分の特徴を生かしたプレーを期待しているっていうことだから」

大久保、憲剛のようにはできなくとも、自分の色を。

 まさに横浜戦での小林や三好は、「1トップ・大久保嘉人」や「トップ下・中村憲剛」の代役などではなかった。

「嘉人さんのようにはできないので」と小林は振り返ったが、逆に言えば、小林にしかできないことがある。最後まで集中を切らさずDFと駆け引きし続け、裏を狙い続けたのは、小林なりの1トップ像だったし、柔らかいトラップによって常に前を向いて仕掛けていく姿は、三好ならではのトップ下像だった。

 ここ5試合で2勝3敗と、勢いを失いつつある状況で迎えた神奈川ダービー。エースストライカーとボランチを出場停止で、正GKのチョン・ソンリョンを負傷で欠き、試合中に新井まで失ったうえに、ロスタイムで追いつかれる大失態を跳ね除けてつかんだ勝点3。この勝利で川崎は年間3位以内が確定し、年末のチャンピオンシップへの出場が決まった。

 だが、川崎がこの試合で得たものは、チャンピオンシップの出場権よりも、はるかに大きいものだったはずだ。

文=飯尾篤史

photograph by AFLO