10月、ロシアW杯アジア最終予選の2試合を戦う日本代表。9月29日のメンバー発表で、GKは西川周作、東口順昭、川島永嗣の3名が選出された。

 長年、正GKを務めてきた川島永嗣は今夏フランスに移籍して以降、出場機会に恵まれていない。現在は浦和の西川を中心にレギュラー争いが繰り広げられているが、2年後のロシアW杯に向けて、どの選手もまだポールポジションに立っているとは言えない状況である。争いは、混沌としている。

 先日明らかになった、今予選に登録されている89人の選手たち。GKにはハリルジャパンの初陣('15年3月チュニジア戦)で先発を飾った権田修一の名前も存在していた。

 現在、オーストリア2部のSVホルンでプレーする権田。本田圭佑が実質オーナーを務めるこのクラブで、守護神としてリーグ戦を戦っている。

 欧州トップレベルではない、中堅国の2部リーグ。れっきとした海外組だが、響きとしては少々弱々しさを伴うのは仕方がないだろう。

ハンダノビッチらを育てた名コーチがホルンに。

 しかし権田はホルンで、これからのGK人生に大きく影響を与えるであろう人物と出会っていた。

 6月、ホルンに1人の新たなコーチングスタッフが加わった。ニハード・ペコヴィッチ。元ボスニア・ヘルツェゴビナ代表のGKである。

 この男、名前は無名であるが、実は指導実績はオーストリア2部のレベルを凌駕する。

 現在スロベニア代表GKコーチを務め、インテルの正GKサミール・ハンダノビッチやアトレティコ・マドリーの正GKヤン・オブラクを10代の頃から現在まで直接指導する名コーチなのである。ホルンの監督を務める濱吉正則氏がスロベニアでコーチラインセンスを取得し、同国サッカー界の雄の1人であるズデンコ・ベルデニック氏からの紹介もあり、今回ホルンへの加入につながった。スロベニア代表戦が行われる時はクラブを離れるが、普段はホルンに常駐している。そして、インターナショナルマッチデーには、スロベニア代表にコーチとして参加する。

「優れた指導者は、ブレない方法論がある」

 それほど大柄ではないが、白髪に彫りの深い表情が、妙に貫禄を醸し出す男。権田は、すぐにこのコーチの実力に魅了されていった。

「本当に彼の指導を受けられていることは貴重です。自分にとって相当大きいです。今は日本代表に選ばれていないですけど、代表に行かなくても毎日チームの練習で刺激を感じられている。逆にこれまで代表で外国人のGKコーチに受けてきた刺激を、日々のトレーニングで得られる。

 これは優れた指導者なら共通していることですけど、ペオ(ペコヴィッチコーチの愛称)もブレない方法論がある。例えば、『こういう場面ではこういうプレーが良いのでは』と僕が聞いても、『俺が教えるのはこういう方法だから』と断言してくるんです。

 結局GKは、ゴールを守ることが仕事。どのGKコーチも方法論はそれぞれの視点から言う。僕が思うのは、ヨーロッパのGKコーチはその方法がちゃんと洗練されている。何となく、『こういう場面ではこういうプレーの方が良い』という指導ではなくて、『絶対にこうだ』という答えを彼らは持っている。その中で、臨機応変なプレーを求めてくる。こういう時はAで、こういう場合はBで、ではない。基本はA。たまにA'があるよ、ぐらいの違い。1つのベースを、あらゆるシチュエーションで試していく指導なので、吸収しやすく、すぐに立ち返る型があるんですよ」

FC東京では、ブッフォンの育ての親にも師事した。

 権田にはこれまでも自分に影響を与えてきた外国人コーチがいる。ザックジャパン時代のGKコーチだったマウリツィオ・グイード、そしてジャンルイジ・ブッフォンの育ての親でFC東京の臨時コーチを務めたこともあるエルメス・フルゴーニ。彼らは日本のGKコーチ以上に、確信的な指導を施してきたという。そしてペコヴィッチもまた、ブレない確固たる理論を保持している。

 時には、権田が自分の意見をぶつけていくことがある。筋の通った指導法を持つペコヴィッチも、そんな権田の真剣さを真正面で受け止める。試合後には映像を交えながら、互いの考えを言い合っていく。そこに、権田は「彼の職人的なこだわりと本気度を感じる」と語る。

セーブするのではなくて、ボールにアタックする。

 GKは数多くいるフィールドプレーヤーとは違い、より専門性の高いポジションである。だからこそ、一見するだけでは選手の実力差や技術的な差異が見抜きにくい。長身、大柄な選手に優位性があるのは間違いないだろうが、それだけで全てが物語られるほど単純な存在でもない。

 権田が、ペコヴィッチに特に強く指摘されること。それは、日本のGKにとっては標準ではなく、強豪国のGKにとってはスタンダードなプレーだった。

「もっとボールに、シュートに速く行けと言われます。ボールをセーブするのではなくて、『ボールに対してアタックする』という感覚です。これは僕がこれまでお世話になったマウリ(グイード)やフルゴーニといったイタリア人コーチからも言われてきたことです。

 ペオも僕のプレーを見て、『今までそういう指導を受けてきたからか、お前にはその感覚は多少ある』と言われましたが、『ただアタックするぐらいなのだから、もっともっとスピードと勢いがないといけない。そうでないとシュートに遅れるし、ボールに対して(遠くに飛ばすための)力が伝わらない』と指摘されています。これが、結構難しくて。

 なんだろう、素早くかつ強くなんです。音で言うと、バシッ! ではなくビュン! と動く感じで(笑)。とにかく飛んできたボールへの到達時間を早くすることですね。

 やっぱり、僕も含めて日本人のGKはその感覚が足りない。Jリーグの試合を見ていても、なかなかそういうプレーをしているGKはいないと思う。どこか、ボールを待っているGKが多いと感じます」

「お前が日本代表に復帰して、ユニフォームをくれ」

 直接的な指導だけに留まらない。ペコヴィッチは権田にあらゆる手段で、トップレベルの技術を授けようとする。

「この前はハンダノビッチが実際にスロベニア代表でやっている練習メニューを映像で見せてくれました。僕はそれだけじゃ物足りず、実際にミラノまでインテル対ボローニャの試合を観に行ってきました。試合前のアップの動きから試合まで、ハンダノビッチのプレーをいつも自分が受けている指導のイメージを持ちながら見ることができた。そして彼はそのイメージ通りのプレーをするんです。今日はこのあとアトレティコ・マドリー対バイエルンのチャンピオンズリーグの試合(9月28日)があるから、テレビだけどオブラクのプレーも見ます。

 ハンダノビッチとオブラクは、ペオの指導を直接受けているGKなので、僕にとってもダイレクトに参考になる選手。ペオはいつもこう話しています。『例えばハンダノビッチは体のサイズが大きい。オブラクはゴンダと身長がそれほど変わらないけど、手が他人より長くて、ユース時代に毎日25kmの距離を自転車で通っていたので足腰がものすごく強い。それぞれ彼らには武器がある。ただ、だからといって超えられない存在ではない』と。というのも、彼自身も身長は大きくないし、身体能力もそれほど高くはなかったみたいです。それでも努力と工夫でボスニア・ヘルツェゴビナ代表になった。そこまで行けた自信がある。この前、ペオが僕にオブラクから代表ユニフォームをもらってきてくれた。その時に『だから今度はお前が絶対に日本代表に復帰して、そのユニフォームを俺にくれ』と言われたんです」

「最後はロシアW杯のメンバー入りを当然狙っている」

 ホルン自体は2部の舞台で厳しい戦いが続く。ただ権田は「何とか守備はしっかりまとめて、自分も含めて良いプレーを続けたい」と意気込む。そして彼は真剣にここからのステップアップを目論む。それはホルンが掲げるクラブ理念とも合致する。

「『ボールにアタックする』。この感覚が今から楽しみなんです。ハンダノビッチはこれを17歳ぐらいから10年以上も意識し続けてプレーしている。ペオにも『お前はまだ時間がかかる』と言われているけど、これだと決めたらとことん極めることは、僕は得意だと思っている。今はそこを信じてやり続けたい。ここからどんなGK人生を歩むかわからないけど、ステップアップできて、いつか代表に戻った時に、代表選手のシュートを受けて『やっぱりまだまだだな』と思うのか、『前よりも止められる』と思えるのか。それを楽しみにしている。

 僕は不思議なキャリアの道を通っているわけじゃないですか。海外移籍と言っても例えばドイツの1部でプレーしているわけではない。傍から見たら、オーストリア2部でプレーしているから『権田は終わったでしょ』と思っている人もいると思う。でも、大外から巻いて、最後はロシアW杯のメンバー入りを当然狙っている。そのためには、ここでしっかり実力をつけて。どうせなら、日本のみんなをビックリさせたいじゃないですか」

 その声からは、確かな充実感が漂っている。今は日陰の存在かもしれない。しかし、まだまだ日本と強豪国でレベル差が激しいと言われるGKの世界で、先進レベルの指導を全身で受け止め、それを自分のモノにしようとする選手がここにいる。

 遠いオーストリアの地で、権田がどんな変化と成長を遂げるのか。日本代表、そして日本サッカーのGK界に刺激を与えるような、うれしい驚きを待ちたい。

文=西川結城

photograph by AFLO