その前日、錦織圭は自分自身が何かを受賞したときのように、いや、それ以上にうれしそうに、あるセレモニーにサプライズ登場した。国際テニス殿堂の「功労賞」を受賞した盛田正明・日本テニス協会名誉会長の表彰式が、楽天ジャパンオープン開催中の有明テニスの森のセンターコートで行なわれたのだ。

 錦織はお祝いの言葉をこう述べた。

「盛田さんにはほんとに小さい頃からお世話になって、そのサポートがなければ今の自分はいなかったですし、特に田舎にいた僕にとってアメリカに行けたことはほんとに大きな夢の第一歩であり、それが今まで自分を成長させた糧になって、こうやって今の自分がいるので、ほんとにありがとうございました」

 錦織が何の話をしているのかわからない人は、少なくとも観客の中にはいなかっただろう。

 テニスファンでなくとも、錦織の後ろにいわば〈足長おじさん〉的な紳士の存在があったことを、一昨年の全米オープンで一気に過熱した報道の中で知った人も多いに違いない。十数年前、錦織のフロリダへのテニス留学を私的ファンドというかたちで援助したその人が、盛田さんだ。

錦織の今を作った盛田正明さんと「盛田ファンド」。

 英語で『Golden Achievement Award』 というこの賞は、テニス界に国際的な貢献をした人物に対し、国際テニス連盟(ITF)と国際テニス殿堂が合同で授与するものだ。

 盛田さんは、日本テニス協会での長きにわたる活動と、まさに錦織の渡米も支援した「盛田ファンド」を通じての先行投資活動が評価された。

 この賞は1999年から毎年1人ずつ選出され、日本人としては2005年に受賞した日本テニス協会・元副会長でITF副会長でもあった故・川廷榮一氏に続いて2人目だ。御年89歳の盛田さんの受賞スピーチは、日本中のテニスファンに向けて呼びかけるような内容だった。

「日本から2人目の受賞者が出たということは、日本中のテニスファンの皆様が、日本のテニスをすばらしく大きくしていただいたおかげだと、本当に感謝しております。これからも皆様といっしょに日本のテニスをもっと楽しく、もっと強くしていきたいと思います。その代表が、隣におります錦織圭選手であります。これから錦織選手に続く2人目、3人目の選手を皆さんの力でいっしょに輩出して、日本のテニスをもっとすばらしいテニスにしていきたいと思っております」

「圭君の良いところがいっぱい出てたじゃない」

 確かに複数の受賞者を出した国は、日本の他にアメリカ(4人)、イギリス(4人)、オーストラリア(2人)、スペイン(2人)しかない。テニス大国ばかりである。

 実際のところ、どんな賞であれその名誉の大きさや意味はわかったようでわからないものである。ただ、私たちは錦織を通して盛田さんの志や功績の一端を身近に感じることができる。また、錦織という成功例がなければ、盛田さんのその後も変わらない尽力がこの賞の選考委員の耳に届くことはなかっただろう。

 グランドスラムなどでお会いした折に、たとえば錦織が負けたあとで「今日は残念でしたね」と声をかけると、だいたいは「いいの、いいの。圭君の良いところがいっぱい出てたじゃない」というような言葉が返ってくる。おっとりとした独特の口調を文字では表しにくいのだが、そう言われると、負けたことなんてどうでもいいような気になってくるから不思議である。

 時には「僕はね、試合は見てなかったんだ。今はこっちが大事だから。圭君はあんな立派になったんだから、もう見なくてもいいんだよ」などとおっしゃる。

「こっち」というのは錦織の後輩ジュニアたち。

 センターコートの招待席に座れるのに、炎天下でキャップを被って立ち見しながら、まだ名もないジュニア選手を応援する姿には最初驚かされたものだ。

16歳にして「一生の恩人」という発言をしていた錦織。

 錦織が16歳で全仏オープン・ジュニアのダブルスを制したときに、盛田さんのことを「一生、足を向けて寝られない人」と言っていたのをよく覚えている。

 3年ほどアメリカで暮らす少年がそんな古風な表現をしたことも印象的だったが、16歳にしてそれほどの恩人がいる人生の濃密さに感慨を覚えた。

 プロになってもそういう恩人がいつも柔らかな目で、ほどよい距離から見守ってきてくれたことは、錦織には経済的支援に勝るとも劣らない、うれしいサポートだったに違いない。

「これまで感じたことがないくらいの痛み」

 翌日の2回戦、錦織はまるで昨日の受賞をコートから力強く祝うかのように、そして「もっとすばらしい、もっと強い日本テニスを作りたい」という思いに応えるかのように、見事な立ち上がりを見せた。

 発想豊かで躍動的でアグレッシブで、錦織テニスの魅力全開。その3ゲーム目の最後のポイントで臀部の筋肉を負傷するまでは……。

 突然襲ってきた「これまで感じたことがないくらいの痛み」と、自分の体に何が起こったのかわからない不安に耐えきれず、それから十数分後の第8ゲームで錦織は棄権を告げた。

「この大事なジャパンオープンで棄権という最悪の結果になってしまった。いろんな気持ちが……やっぱり申し訳ないという思いがあります」

 申し訳ない……錦織が、試合の結果に対してこの言葉を口にしたことがあっただろうか。

 記憶にない。

 2回戦での敗退は、トップ20入りしてこの大会でシードがつくようになった2012年以降ではもっとも早く、しかも途中棄権。チケットは大会前に期間全日完売になっており、大きな責任を感じていたから出た言葉だったのだろう。

ワウリンカ、デルポトロが棄権し、錦織に一層負担が。

 責任感という点では、先週になってから錦織に次ぐ人気者の2人の欠場が決まっていたことも無関係ではない。

 トップシードになるはずだったスタン・ワウリンカ、そして、ワイルドカードとはいえ陰の優勝候補と言ってもよかったファンマルティン・デルポトロだ。

 人気者の数が減り、錦織はこの大会では初めて第1シードになったが、それが果たして追い風だったかどうかはわからない。大会前の記者会見では「デルポが出ないのは助かりますけど」と冗談めかしたが、勝たなくてはいけない、勝って当然という状況はかえって難しいものだ。

自国開催の大会で降りかかる、喜びとプレッシャーと。

 今大会第4シードのマリン・チリッチは、こんなふうに同世代のライバルの心情に思いを寄せた。

「自分の国ではいいプレーができるものですが、観客の期待に加えて、自分自身の期待も大きいので、他の大会とは別のプレッシャーがあります。プラス、勝つだろうとみんなに思われていることも難しい状況を生み出してしまいます。ケイが今回、自分の国で棄権という決断を下すのは、本当に辛かったと思う」

 チリッチはこれまで15のツアータイトルを獲得したが、うち5つは自国クロアチアの大会だ。そのうちの2回は第1シードとして臨んでいたが、トップシードでありながら週末に残れなかったこともある。 チリッチには錦織の立場がよく理解できるのだ。

 もちろん、その責任感と今回のケガを結びつけるのはこじつけが過ぎる感がある。

 夏のハードスケジュールがたたったのではという憶測に関しても、「むしろ体調は良かったのであまりその可能性はないと思います。多少疲れはたまっているけど、準備万端できていた」と否定した。大きな過失は見当たらないし、後悔もしようがない。ならば「申し訳なさ」からすぐにでも解放されるのが健全だ。早々にフロリダに戻ったのはそのためにも正解だったと思う。一日でも早くコートに復帰することが、今回ショックを受けたファンにとっても一番の治療薬になる。

文=山口奈緒美

photograph by Hiromasa Mano