鈴鹿を制する者は、世界を制する――シーズン終盤戦に開催されてきた日本GPでは、明暗を分けた名勝負がこれまで何度も繰り広げられてきた。その戦いを今年、鈴鹿で演じたのが、3年連続でタイトル争いを展開しているメルセデスAMGの2人、ロズベルグとハミルトン。

 過去2年間、ポールポジションを取りながら、勝ち切れなかったロズベルグ。

 対照的に予選2番手からいずれもチームメートを逆転して、鈴鹿からチャンピオンロードを一気に駆け登っていったハミルトン。

 2人は、この一戦が持つ意味を誰よりも理解していた。

 その緊張感の中で、ちょっとしたいたずら心が思いがけないトラブルへと発展する。木曜日の会見に出席したハミルトンが会見中スマホをいじり続け、メディアからひんしゅくを買ってしまったのである。

 本人は前戦マレーシアGPでエンジンブロウして窮地に追い込まれても、なお前向きでいることを誇示したかったようだが、それを理解する者は決して多くはなく、ハミルトンの地元イギリスの新聞はこぞって痛烈に批判。

 逆に自ら自身を追い込む結果となった。

予選直後、ハミルトンが勝手に会見を打ち切ってしまう。

 メディアとの対立は、グランプリが始まってからも続いた。

 土曜日の予選でポールポジションを逃したハミルトンは、予定されていたチームの会見で批判を続けたメディアからの質問を受け付けず、こう言って会見を打ち切ったのである。

「ここにいるほとんどの人たちは、僕のことを理解してくれていると信じているが、残念なことに僕の揚げ足を取ることが目的の人たちも同時にいる。先日の僕の何気ない行動は、ちょっとした冗談のつもりだった。それなのに、その後の報道の中には、失礼なものがあった。だから、僕はもうこういう人たちのために時間を費やすことはやめることにした」

レース後、特別扱いでGPを去ったハミルトン。

 そんな中で開始された決勝レース。ハミルトンはスタートで大きく出遅れ、早々に優勝争いから脱落。8番手から懸命に追い上げて3位でフィニッシュしたものの、優勝したロズベルグとの差は、23点から33点に広がってしまった。

 レース後、メルセデスAMGを統率するトト・ウォルフは「ルイスはプレッシャーが強くなればなるほど、本領を発揮するので心配はしていない」と語ったものの、同時にレース後に予定していたチームが設定した会見を取りやめ、ニキ・ラウダとともにサーキットを後にさせるなど、いつもとは異なる対応を行っていたことも確かだった。

 対照的に表彰式を終えたロズベルグは出席が義務付けられているFIAの公式会見場に現れるや、拳を上げて仁王立ちになって待ち構えていたカメラマンたちのフラッシュを気持ちよく浴びていた。ロズベルグの優勝は今シーズン9度目だが、慎重な性格のロズベルグがここまで喜びを表に出すのは珍しい。そして、チームメートであり、最大のライバルであるハミルトンについて、こう語った。

「鈴鹿であなたたちとルイスとの間に何が起こったのか正直知らないんだ。報道を見ていないからね。この週末、僕が最も気にしていたことは、自分がベストのパフォーマンスを発揮するにはどうすればいいかということだけ。ルイスの精神状態がどうなっているかなんて気にしている余裕はないんだ」

 ドライバーの腕が試される鈴鹿はスキルだけでなく、精神力も問われる世界屈指の名コース。

 その鈴鹿でタイトル争いを演じるメルセデスAMGの2人は、あまりにも対照的だった。

開幕前の盛り上がりから一転、どん底に陥ったホンダ。

 高揚感から一転、大きく落胆する結果に終わり、グランプリが開幕する前と後で対照的な日本GPとなったのがホンダだった。

 復帰後、2度目の母国グランプリを迎えたホンダが、鈴鹿で目標に掲げたのは、現在のトップ3チームであるメルセデスAMG、レッドブル、フェラーリに次ぐポジションでレースを戦うことだった。ところが、そのポジションを争うはずだったフォース・インディアやウイリアムズとバトルすることができなかったばかりか、ハースやトロ・ロッソにも先を越されてしまった。

 後方集団に埋没してしまったホンダはアロンソが16位、バトンは18位に終わる。

 これは大きな期待を裏切った昨年よりも、さらに下回る結果だった。

ホンダだけでなく、マクラーレンにも大きな問題が。

 もちろん、その原因のひとつが、依然としてライバルに対して性能差を抱えたままのホンダのパワーユニット(PU)にあることは否定しない。ただし、1週間前のマレーシアGPでダブル入賞を果たしたときと同等か、それ以上のスペックのPUをホンダが鈴鹿に投入しながら、大きく後退してしまったのは、マクラーレン・ホンダが抱えている問題がPUだけでないことを明確にしたことも事実である。

 マクラーレンのレーシングディレクターを務めるエリック・ブーリエは、期待ハズレの結果に終わった敗因が「単純なパワー不足だけでない」ことを認め、マクラーレンの車体にもパフォーマンス不足があったことを認めた。

 昨年はホンダの非力なPUの性能ばかりが注目を集めて見逃されてきたが、じつはマクラーレンも車体に大きな課題を抱えているということを、鈴鹿は今年の日本GPで露呈させたのである。

 鈴鹿サーキットは、ホンダ創業者の本田宗一郎の「クルマはレースをやらなくては良くならない」という希望で、1962年に造られた日本で初めてとなる本格的なロードサーキット。

「成功は99%の失敗に支えられた1%だ。失敗を恐れず、チャレンジを続けろ」

 本田宗一郎が、天国でそう言っているような気がした。

文=尾張正博

photograph by Hiroshi Kaneko