誰もが自分の目を、耳を、疑った。それはイチローも同じだった。

「(通訳の)アランから連絡があって、なに言っているの? って……。最初はアランの頭がおかしくなったのかと思った」

 9月25日、午前9時。試合開始4時間前のことだった。ボート事故によるホゼ・フェルナンデス投手の急死の訃報にイチローだけでなく、マーリンズ関係者の誰もが頭の中を整理できずにいた。深い悲しみに包まれ、試合はキャンセルされた。

 わずか11時間前まで、彼はチームメイトとともに、そこにいた。

 屈託のない明るい性格で常に笑顔を振りまき、マウンドに上がれば三振の山を築き、スコアボードに「0」を並べる。今季も16勝、253奪三振、チームの絶対的エースだった。自信に満ち溢れたパフォーマンスと喜怒哀楽を素直に表現する立ち振る舞いはまさに“やんちゃ坊主”そのものだったが、24歳の輝かしい未来は突然に消えてなくなった。

イチロー「後ろで守っていて頼もしい感じがする」

 イチローがフェルナンデス投手のピッチングを初めて目にしたのは、昨年7月2日のジャイアンツ戦だった。

 '14年に受けたトミー・ジョン手術からの復帰戦で最速96マイル(約155キロ)の直球と切れ味鋭いスライダーを駆使し、6回を3失点、6奪三振で勝利投手となった。右翼から背番号16の小気味良い投球を目にした51番は、珍しく興奮を隠しきれないでいた。

「雰囲気あるじゃないですか。振る舞いも含めて。自信に溢れている感じがする。明らかに(他の選手とは)違うでしょう。あるじゃないですか、スターの雰囲気を持っている人って。そういうのをこの人は持っていますね。後ろで守っていて頼もしい感じがする」

 マリナーズ時代に同僚だったサイ・ヤング賞右腕、フェリックス・ヘルナンデスの実力とキャラクターを重ね合わせながら、メジャーの世界でも別格と言えるその才能に一瞬にして惚れ込んだ様子だった。

「(イチローは)俺にとっては神であり……」

 フェルナンデス投手にとってもイチローは別格の存在だった。

 15歳の時にキューバから4度目の脱出で亡命に成功した右腕は18歳上のイチローについて「俺にとっては神であり、我々のアイドル(憧れ)。野球への取り組み方を尊敬するし、このチームにもたらしてくれたものは素晴らしい」と、常に敬意を示してきた。

 そのフェルナンデスがイチローに毎日のようにかけてきた言葉があったと言う。イチローが教えてくれた。

「ホゼはいつも『1日でいいから僕みたいになりたい』と言ってくれたんですよね」

 フェルナンデス投手も実はある夢を持っていた。

「いつか外野を守って、打者として活躍し、チームの勝利に貢献したいと思っているんだ」

フェルナンデスがイチローにいつもかけていた言葉。

 今季も7月1日のブレーブス戦では延長12回に代打で登場すると決勝の2点適時打を放つなどその打棒は折り紙付きだった。今季の打率は.250。メジャーでの二刀流を夢見ていたひとりの選手だった。

 その彼がイチローにかけてきたもうひとつの言葉がある。毎日同じ時間になると試合への準備を始めるレジェンドに決まってかけた言葉とは――。

「いつも彼は僕が(専用)マシーンで準備をしていると『You are the best』って言っていたんですよね」

 フェルナンデス投手とイチローが共有する同じ価値観。まさに一流は一流を知るということか。

 彼の死から3日後。全選手立ち会いのもとマーリンズパークでフェルナンデス投手の出棺式が営まれた。

 チームリーダーのプラードは泣き崩れ、同じキューバ出身の遊撃手ヘチャバリアは号泣し、イチローも目を赤く染め沈痛な面持ちで別れを告げた。

「U r the Best! 51」

 式典後。ナインは球場に隣接するフェルナンデス投手の哀悼コーナーへそれぞれに出向き、思いを記した。

「U r the Best ! 51」

 イチローがフェルナンデス投手に贈った惜別のメッセージ。

 ふたりの絆は永遠だ。

“Rest In Peace, Jose Fernandez”

文=笹田幸嗣

photograph by Getty Images