ハリルジャパンを救ったあの一発。埼玉スタジアムが揺れたあの一発。

 後半アディショナルタイムにぶちこんだ山口蛍のミドルシュートがなければ、最終予選の道はより険しくなっていた。

「いつもやったらふかしてしまうところをなんか入ってしまって、ホント良かったです」

 試合後のインタビューに応じる殊勲者には、スタンドから拍手の雨が降り注いだ。

「すげえよ。よくも迷いなく、足を振り切ったよな」

 スタンドの階段を降りてくるファンの感嘆が聞こえた。同感だった。取材エリアでメディアに囲まれた山口の声を、断片的にメモに取った。

「最後、思い切って振り抜こうと」「(シュートが)あれ以上浮いていたら、相手に当たっていたと思うので抑えられてよかった」

 いつもと同じく静かな口調で語っていた。

迷いも、躊躇も、これっぽっちもなかった。

 想像していただきたい。

 ゴール前での競り合いから、自分の前にボールがこぼれてきたとする。絶対に勝たなければいけない状況。アディショナルタイムの残りはもうわずか。その前にはヘディングシュートを決め切れていない。ダイレクトで合わせる難しさもある。トラップしてシュートを打つ選択を考えたっておかしくはない。

 このうえない重圧と緊張。

 でも彼には迷いも、躊躇もなかった。これっぽっちもなかった。でなければ、あれほど気持ち良く足を振り切れるわけがない。弾かれたボールは、大谷翔平の投げる時速160kmよりも速く感じた。

 山口蛍だからこそ決められた。そんな気がしてならなかった。

思い出したのは、J1残留争いの時のエピソード。

 1つのエピソードがスッと胸に入ってきた。

 2014年秋のこと。

 ブラジルW杯を終えてセレッソ大阪に戻り、彼は8月のFC東京戦で右ひざを痛めて離脱した。診断結果は「右ひざ外側半月板損傷」で全治6週間。その後、キャプテンは勝てないチーム事情もあってか見切り発車に近い形で合流したものの、患部の違和感は消えなかった。再検査の結果、悪化していることが判明。手術は不可避となった。

 シーズン残りの試合は絶望。残留争いに巻き込まれるなかで、彼は手術後もチームに戻らずに最先端のアスレティック・リハビリ施設を有する都内のJISS(国立スポーツ科学センター)でリハビリに専念することを決断する。批判は覚悟のうえだった。

思い切って決めたら、振り返らない。

 その理由について、彼に尋ねたことがある。

「手術したら、すぐにJISSに行くっていうのは決めていました。1日中リハビリで、その内容も厳しいって聞いていたし、1日も早く治すためには行ったほうがいいと思って。

 周りからはキャプテンだからチームに残ってリハビリをやるべきとか、キャプテンとしてそれはダメやろって、言われることもたくさんありました。だけど、自分としてはベストで、正しい決断をしたと思っています。やっぱりケガを治すことが一番なんで。チームでリハビリをやっていて、チーム状況が悪くなっていったら、早く治して試合に出ないといけないとか焦りが出てくるだろうし、そういう気持ちが強くなっていけば、またどっかで無理をしていたかもしれない。自分の今後のサッカー人生を考えても、ここでしっかりと治しておきたかったんです」

 凛とした表情で、彼はそう答えた。

 思い切って決めたら、振り返ることはない。チームメイトに後を託して、厳しいリハビリの日々に取り組んだ。

 その甲斐あって11月下旬、約2カ月ぶりにチームに戻ってリハビリは次の段階に移行した。チームはJ2降格の憂き目にあったが、彼は己でやるべきことをやった。

魂のシュートには、山口蛍の生き様が吹き込まれていた。

 真っ直ぐで、器用に立ち回れる人ではない。

 わずか半年でドイツから帰国したことを不甲斐ないと感じたサッカーファンも多いだろう。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督が「(日本に)戻ってくることを私は評価していない」と発言したことはメディアでも広く取り上げられた。

 これは筆者の勝手な憶測に過ぎないが、彼のことだから、帰国すると一度心に決めたら揺らぐことはなかったと思う。甘かったとも思わない。これからの自分を考えて、どうしていくべきなのか。周りの声ではなく、ただただ自分の声に従ったに過ぎないのではないだろうか。

 躊躇も、雑念もない。

 それはプレーにもよく表れている。

 持ち味の守備では、自分のポジションを空けて前に出ていってボールを奪い取ってしまう。オーストラリア戦もその鋭い出足で、相手を食い止めていた。

 積極的に、献身的に。きっとあれもこれもと頭には入れていない。ゆえに中途半端なプレーにはならない。だからこそイラクを下したあの一発にも納得がいくのだ。

 2年前の誕生日は、リハビリ中だった。でもあのときがあるから、最高の誕生日が待っていた。

 魂のシュートには、山口蛍の生き様そのものが吹き込まれていた。

文=二宮寿朗

photograph by Takuya Sugiyama