文脈から切り取った一言や主観をたっぷり混ぜた未確認情報を、自分たちの利益のために喧伝するメディアはどの国にもある。スペインでは「ゴミジャーナリズム」と呼ばれている。

 10月上旬、2人の選手がこの被害にあった。

 1人目はスポルティング・ヒホンのベテランGKクエジャールだ。

 リーガ第7節デポルティーボ戦を数時間後に控えた1日夕方のこと。ヒホンの地元アストゥリアス州で最も読まれている新聞ラ・ヌエバ・エスパーニャのウェブサイトに、チームのバスから降りてくるクエジャールを捉えた動画が上げられた。

 タイトルは「リアソールスタジアムに着くなり(デポルティーボ)ファンに挑むイバン・クエジャール」。

 確かに監督アベラルドと共にバスから現れたクエジャールは、その正面に陣取り罵声を浴びせている(と思われる)デポルティーボファンを睨みつけているように見える。

 しかし、実際は違った。

 ヒホンのバスが停車したちょうどそのとき、デポルティーボファンの1人がてんかんの発作を起こしていた。

 これに気付いたヒホンのチーム付き看護師はバスから飛び出し、倒れたファンの元へ走った。

 続いて降りてきたクエジャールは目を凝らして、手当の様子を心配しながら見ていたのだ。

ジャーナリストを数分間罵倒したクエジャール。

 事実を明らかにすべく記者会見を開いた彼は、ラ・ヌエバ・エスパーニャに動画を送ったジャーナリストに対し、集まった人々の面前で数分間にわたって怒りをぶちまけた。

「自分は正しい情報を提供したと思ってるのか? 送るだけ送って、あとはご自由に、で問題なしだと? デポルのファンかヒホンのファンかは関係なく、人の健康状態を弄んで、その場にいながら本当は何があったかを伝えず、それでもジャーナリストか!」

 収まらないクエジャールは興奮し、声を荒げた。

「言わせてもらう。お前はバカだ。愚かな情報の提供、それがお前がやってることだ。チームにとって大事な試合の前に、俺は発作を起こした人を気に懸けた。なのに『ファンに挑む』だと? そんなのクソ野郎の仕事だ」

 クエジャールの一線を越えた言葉づかいや態度を、所属先のヒホンは公式に非難した。が、一方で誤った情報に抗議する姿勢は強く支持した。

代表戦のピッチで常に指笛にさらされてきたピケ。

 2人目の被害者はスペイン代表の一員としてのピケだ。

 いたずら好きな性格や奔放なコメントのせいでしばしば物議を醸してきた彼だが、昨年6月の親善試合コスタリカ戦以降は、ピッチでボールに触れるたび味方であるはずのスペインサポーターから指笛を吹かれてきた。

 背景にあるのは、ピケが生まれ、暮らし、愛するカタルーニャ自治州とスペインの政治的対立。ひいては、それを象徴するバルサとマドリーのライバル関係である。しかしながら彼に「反スペイン主義者」のレッテルを貼り、サポーターに色眼鏡をかけさせたのは、マドリーを発信地とする一部のメディアだ。

長袖ユニフォームの袖を切ってピッチに立つと……。

 さて、9日のW杯予選アルバニア戦でもピケは味方から責められた。舞台は敵地だったので、スタンドからの指笛ではなくSNSによって。

 この日スペインチームは、白のセカンドユニフォームだった。ピケはいつもどおり長袖を選んだが、袖丈が合わず動きづらかったため、両袖を切り落としてピッチに立った。

 すると試合開始間もなく「ピケは袖先に付いている赤と黄色のライン(スペイン国旗の象徴)を切り取った」とツイッターで騒がれ始めた。なるほど半袖の選手を見ると袖先が2色で飾られている。

 そこにスペインで最も多くの読者を持つスポーツ紙マルカやAS、テレビの人気サッカー番組といったメディアが参入すると、炎上は本格的となった。大手メディアグループのコンテンツ・ディレクターも、個人アカウントからではあるものの、「袖の国旗色を取ってしまえばスペイン代表でプレイしていることがカタルーニャの人たちにばれないからな」と発信し、油を注いだ。

 試合終了後、スペインサッカー協会の関係者から事態を知らされたピケは唖然としたらしい。長袖の先に赤黄の縁取りなどなかったからだ。そして、その程度のことは騒ぎ立てる前に確認できるはずのメディアが一枚噛んでいたことを聞くに及び、「もううんざりだ」とつぶやいたという。

潔白を証明したその場で、代表引退を発表。

 協会に勧められたとおり番記者を集めたピケは、袖が長いままのセルヒオ・ラモスのユニフォームを示して自らの潔白を証明した。が、それだけに留まらず、誰にとっても寝耳に水の代表引退を口にした。

「ロシアW杯で辞める。よく考えた末のことで、今日決めたわけじゃない。ただ、今日のようなことはこれまで何度もあった」

 ピケを正しく評価する正しきジャーナリストたちは、スペインの世界制覇と欧州制覇に大いに貢献した代表史上有数のCBをここまで追い込んだゴミジャーナリズムを一斉に糾弾している。中にはこれまでの我慢を称え、「もっと早く辞めるべきだった」とした者もいる。

 ちなみに前述のテレビ番組やコンテンツ・ディレクターやマルカは、くだんの引退宣言とピケを擁護する協会が発した長袖ユニフォームの写真付きリリースを受けて、関連ツイートを消去した。ASはそのまま残しているが、当該ツイートにあったリンク先の記事をピケに非がないものに差し替え、編集長名でピケに謝罪している。

文=横井伸幸

photograph by AFLO