スタン・ハンセンは紛れもなく怪物のように強かった。

 思い返せば、私が初めて深夜の全日本プロレス中継で見た全日本プロレスは『四天王プロレス』の時代だった。三沢光晴、川田利明らがリングの中心にいた。時代は変わっても四天王の壁であり続けたハンセンは、既にキャリアの晩年だったのだろう。それでもウエスタンラリアットで三沢や川田をなぎ倒す姿は鮮明に記憶している。

 本書では現役時代に多くを語らなかったハンセンの情熱・責任感・感謝の気持ちが溢れている。かつてのファイトスタイルからは想像できないほど穏やかに語る男の引き際、闘うべきことは何か。日本でヒールを超越し人気を得た男の人生哲学を自身の回想からひも解く。

プロレスの歴史上最も人気を得た外国人レスラー。

『日は、また昇る。』はプロレス引退から14年を経て日本向けに書き下ろした愛情が込められた著書である。

 スタン・ハンセンはプロレス界の長い歴史の中で、最も人気を得た外国人レスラーと言っても過言ではないだろう。自身の人生を振り返りながら、単純に勝ち負けで評価されることのないプロレスという特殊な世界でチャンスをつかみ、異国の日本でトップにのし上がった。

 そしてトップを維持するための努力を積み上げ、プロレスラー「スタン・ハンセン」がいかに形成されたかが書かれている。

 まず最初に感謝を伝えている相手が、テリー・ファンクだ。今でも年に2〜3回、夜も深まったころに電話をするという。元々フットボウラーで、後に挫折し、地理教師をしていたハンセンをプロレスの世界に引き込んだのはテリー・ファンクである。

『ありがとう』

 何度もこの言葉が出てくる。プロレスと出会えて素晴らしい人生だったと彼は言う。ハンセンにとってのプロレスとは何か。

ブッチャーやジェット・シンの真似ではなく……。

 彼はいかなるときもプロフェショナルだった。

 来日した時にアブドーラ・ザ・ブッチャーやタイガー・ジェット・シンに驚く。いかに観客を沸かせているかを学ぶのだが、真似はしない。ハンセンはアスリート的な方向を追求しようとする。そのために心肺機能の強化を図り、自身のベースであるフットボール経験を生かした試合開始から終わるまで暴れ続けるスタイルを確立する。

“ブレーキの壊れたダンプカー”“不沈艦”とは良く彼を表現したキャッチフレーズだ。そのスタイルが、クラシカルなアメリカンスタイルだった全日本プロレスを、さらに言えば、大袈裟でなくプロレス界そのものを変えたのだ。

ファイトスタイルからは想像できない優しさのギャップ。

 馬場と猪木、天龍と鶴田、三沢ら四天王と三世代と渡り合ったハンセンだけに、実に説得力がある。キャリアのピークが過ぎても自分の役割を理解し、四天王の壁となることで存在意義を見つけ出した。そして全力で叩き潰した。

 '90年代全日本プロレスで時代を作った四天王プロレスを作ったのがハンセンである事は誰も否定できないのではないだろうか。

 リング上では目の前の相手を全力で潰すスタイル。敬虔なクリスチャンであり、ファイトスタイルからは想像できない本当の男の優しさのギャップがとても興味深い。

 エピローグでは東日本大震災で被災された方への想い、日本への想いが語られている。リング上の姿も表紙に写る穏やかな姿も、どちらもスタン・ハンセンそのものだと感じられた。

文=濱口陽輔

photograph by Wataru Sato