カブスが勝った。ようやくNLDSを突破した。実をいうと、私はひやひやしていた。今季の大本命にはちがいないが、なにしろ、肝心なところで負けるチームである。2003年のNLCSを覚えている人なら、私と同じ冷や汗をかいたのではないか。あのときは、モイゼス・アルーが捕ろうとした左翼線のファウルフライを……。ああ、いまさらのように蒸し返すのはやめておこう。

 2016年のNLDSは、相手がジャイアンツだった。そう、偶数年に強く、崖っぷちにも強いジャイアンツ。今年も彼らは、2連敗のあとの3戦目に、延長13回でサヨナラ勝ちを演じてみせた。カブス・ファンは一様に不吉な予感を抱いたのではないか。

 しかし、敵将ブルース・ボウチーが墓穴を掘ってくれた。8回まで2安打の好投を見せていた先発マット・ムーアを、9回のマウンドに送らなかったのだ。5−2とリードし、投球数が120球に達していたのだから妥当な判断ともいえるが、ジャイアンツのブルペンはけっして盤石とはいえない。

 案の定、デレク・ローが打たれ、ハビエル・ロペスが四球を出し、セルジオ・ロモが右翼線に二塁打を打たれた。3人出して、アウトをひとつも取れない。結局、4人目のウィル・スミスが代打の代打ウィルソン・コントレラスに同点打を浴び、5人目のハンター・ストリックランドが、「ラッキーボーイ」ハビエル・バエスに逆転のセンター前ヒットを許したのだった。

カブス躍進の原動力は投手陣と守備陣。

 絵に描いたようなヒーロー物語だ。主人公はもちろんバエスである。

 ポストシーズンがはじまる前から、バエスは一部で注目を集めていた。もちろん、カブス快進撃の原動力は、30球団中最少失点を誇る強力な投手陣と、30球団中第3位の得点をあげた勝負強い打線だ。が、カブスは守備も効率がよかった。7割3分1厘のDERは30球団中トップだ。要するに、インプレーの打球を打たれる回数が少なく、それをアウトにする率が非常に高い。背景にあるのは、状況判断力、スウィング観察力、打球が飛ぶ場所の予測といった要素だ。これ以外では、送球の正確さやタッチの巧さも求められる。

相手の盗塁を防ぐタッチプレーが抜群に巧い。

 バエスの守備は、いま挙げた要素を満たしている。とくに眼を惹くのは、タッチプレーが抜群に巧く、相手の二盗を数多く刺していることだ。

 NLDS第4戦でも、彼は3回裏に素晴らしいプレーを2度も見せた。最初は、デナード・スパンのセカンドゴロを、滑りながら逆シングルで捕球し、反転して膝をついたまま、一塁に正確なワンバウンド送球を見せたシーン。このときの判定はアウトからセーフに覆されたが、打者走者のスパンが塁上でヘルメットを脱ぎ、バエスに向かって敬意を表したほどだった。

 その直後、バエスは二盗を試みたスパンをタッチアウトに仕留めた。捕手デヴィッド・ロスの送球を軽くジャンプしてつかみ、まっすぐ降りたところにスパンが滑り込んできたようにさえ見えた。捕球の位置とタッチする場所とが、それほど無駄なく連動していた。スロー映像で見ると、まるで燕返しだ。眼と全身が一体化して、最短距離を動いている。アナウンサーが「Look at the tag!」と絶叫したのも無理はない。

「マトリックスのような滑り込み」と絶賛。

 バエスは、走塁でも忍者のような驚異的能力を発揮する。MLB.comのビデオを検索すればすぐ見つかるが、2016年6月18日の対パイレーツ戦で見せた二盗の場面は、今季の語り草になっている。

 あのときバエスは、クロールで息継ぎをするような体勢でタッチをかわした。頭から滑り込んで身体を横にまわし、左手を高く掲げてタッチをかいくぐり、右手でベースを探るようにオーバーランし、左足のつま先を塁上に残すという離れ業を演じたのだ。

 タイミングは、完全にアウトだった。そもそもバエスは、投手の牽制に釣り出されて二塁へ走ったのだ。敵の遊撃手ジョーディ・マーサーが球を受けたとき、バエスはベースの70センチほど手前にいた。彼はそこからヘッドスライディングを試み、だれも真似のできない動きで塁を奪った。試合後マーサーは「マトリックスのような滑り込みだった」と述べた。味方の捕手デヴィッド・ロスは「俺がやったら、関節がばらばらになる」と笑った。

 というわけで、バエスの身体能力、とくにそのボディ・コントロールは高く評価されている。「ヨガ・スロー」とか「ヨガ・タッチ」とかいった呼び名さえ、最近は聞かれるほどだった。

 そんなバエスが、NLDSでは打撃面でもヒーローになった。第1戦では8回裏に決勝のソロホームランを打ち、第4戦では9回表に決勝の中前打を放ったのだ。まだ23歳と若いだけに、勢いに乗ると手のつけられない活躍を見せるかもしれない。熱狂的カブス・ファンのビル・マーレイも、リグレー・フィールドに日参することになるだろう。

文=芝山幹郎

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