大谷翔平が日本プロ野球のポストシーズンで投げると聞いて、ベーブ・ルースのことを思い出した。実際にルースを見たことがあるわけではないので、思い出したと言ってもそれは記録のことである。

 それも打者ルースではなく、投手ルースの記録だ。

 我々がよく知る「国民的英雄」のルースは、メジャー歴代3位の通算714本塁打のスラッガーであり、それは彼が25歳でヤンキースに移籍してからの打者ルースである。

 それまでの彼はレッドソックスの主戦投手で、「二刀流」というよりは、打者としても周囲を唸らせる投手だったようだ。当時のアメリカン・リーグはまだ指名打者制度を導入しておらず、投手が打席に立つのは自然なことだった。

 とは言え、ルースは投手時代のメジャー2年目に10試合、3年目には23試合と野手としても出場し、“二刀流”をやっていた時期があった。

デビューからの4年間の投手成績を比べてみると。

 大谷と同じ19歳でメジャー・デビューしたルースは、晩年にも投手として登板しているが、ここでは大谷と同じデビューから最初の4年間のみに焦点を当ててみる。

<投手成績の比較>

●ベーブ・ルース
1年目(1914)19歳 勝率.667 防御率3.91 奪三振率1.20
2年目(1915)20歳 勝率.692 防御率2.44 奪三振率4.60
3年目(1916)21歳 勝率.657 防御率1.75 奪三振率4.70
4年目(1917)22歳 勝率.649 防御率2.01 奪三振率3.50

大谷翔平
1年目(2013)19歳 勝率1.000 防御率4.23 奪三振率6.76
2年目(2014)20歳 勝率.733  防御率2.61 奪三振率10.39
3年目(2015)21歳 勝率.750  防御率2.24 奪三振率11.01
4年目(2016)22歳 勝率.714  防御率1.86 奪三振率11.19

ルース4年通算 勝率.666 防御率2.53 奪三振率3.5
大谷4年通算 勝率.750 防御率2.49 奪三振率10.35

投手ルースが「打たせて取る」タイプという意外性。

 ルースは最初の4年間で121試合に登板して75完投(16完封)と、今では信じられないような登板数と完投を記録している。それは当時の野球界が“投手分業制”の今とは大きく違っていたからで、それらの成績は比較の対象にすらならない。従ってルースの最初の4年通算67勝34敗という好成績も、大谷の最初の4年通算39勝13敗と比較するつもりはない。

 注目したいのは“足し算”ではなく“割り算”で計算する成績だ。

 最初の4年に限って言えば、防御率、9イニングあたりの被安打率、1イニングあたりの被安打と与四球の合計などはすべて、大谷がルースを上回っている。それらが1試合や1イニングに示される投手の力量を表わすものだと断定することには賛否両論あるだろうが、100年近くもある両者の世代の違いを考えれば、大谷がほとんどの部門でルースを上回っているというのは驚くべき事実だろう。

 また興味深いのは、打者ルースが豪快な本塁打のイメージがあるのに対し、奪三振率の低さから投手ルースが打たせて取るタイプの投手だったという事実だ。

 ルースはその巧みな投球術で1918年、29回3分の2連続無失点というワールドシリーズ記録を作っている。これは1961年にヤンキースのフォード投手によって破られるまで40年以上も残っていたメジャーリーグ記録であり、バリー・ボンズやハンク・アーロンに抜かれた通算本塁打記録同様、今も色褪せぬ好記録だと言える。

打者成績の比較も実に興味深い。

 打者ルースと大谷はどうか。

<打者成績の比較>

●ベーブ・ルース
1年目(1914)19歳 5試合  打率.200 安打2  本塁打0 打点0  出塁率.200
2年目(1915)20歳 42試合 打率.315 安打29 本塁打4 打点20 出塁率.376
3年目(1916)21歳 67試合 打率.272 安打37 本塁打3 打点16 出塁率.322
4年目(1917)22歳 52試合 打率.325 安打40 本塁打2 打点14 出塁率.385

●大谷翔平
1年目(2013)19歳 77試合  打率.238 安打45  本塁打3  打点20 出塁率.284
2年目(2014)20歳 87試合  打率.274 安打58  本塁打10 打点31 出塁率.338
3年目(2015)21歳 70試合  打率.202 安打22  本塁打5  打点17 出塁率.252
4年目(2016)22歳 104試合 打率.322 安打104 本塁打22 打点67 出塁率.416

ルース4年通算 166試合 打率.299 安打108 本塁打9  打点50  出塁率.321
大谷4年通算  338試合 打率.275 安打229 本塁打40 打点135 出塁率.347

世代も国も違う2人の選手が、似た数字を残している。

 投手成績とは対照的に、打者大谷は本塁打や打点などの“足し算”部門でルースの上を行き、打率や出塁率などの“割り算”部門では拮抗している。そこはあえて分析しないが、世代も国も違う2人の才能ある野球選手が同じような数字を残していることだけは確かだ。

 ルースはメジャー5年目、23歳の時に11本塁打、24歳で29本塁打、25歳で54本塁打、そして26歳で59本塁打(これもまた奇遇なことに1961年、同じヤンキースのマリス外野手が破っている)と次々とメジャー記録を更新した。

 ルースの現役時代と現在とは野球の質も周囲を取り巻く環境も違うので、大谷にルースの記録を破ることを期待するのはフェアではないが、大谷がこのまま日本のプロ野球に残っても、いつの日にかメジャーリーグに移籍しても、大きな怪我なく現役時代を送ることさえできれば、素晴らしい未来が待っているのではないかと思う。

 ちなみにルースは1915年、初めてのポストシーズン(当時はワールドシリーズのみ)で1打席のみの出場に終わったが、翌1916年の初めてのポストシーズン登板では延長14回を完投し、6安打1失点で勝利投手になってレッドソックスのワールドシリーズ制覇に貢献した。

 42のアウトの内訳は、ゴロが25(ダブルプレー1)、フライが10、そして三振がわずか4と、やはり打たせて取るタイプの投手だったことを証明している。

 果たして大谷は、これからどんなピッチングをして、どんなバッティングを見せてくれるのか。

 投打ともに圧倒的な力を見せつければ、天国で眠るベーブ・ルースにも「極東の島国にスゴイ二刀流選手がいる」というニュースが届くかも知れない――。

文=ナガオ勝司

photograph by Nanae Suzuki