最初に、梶谷隆幸には謝らねばならない。

 筆者はCSファイナルステージ第2戦までの結果を受けて執筆した前回のコラムで、「これ以上、梶谷の起用を続けるのは賢明でない」と書いた。ジャイアンツとのファーストステージ第3戦で死球を受け、左手の薬指を骨折していた梶谷は、ほぼ片手でのバットスイングを余儀なくされた。第2戦の第4打席では、振った勢いでバットを落としてしまう姿も見られた。

 あと1つ負ければ終わりの短期決戦。いくら非凡なセンスをもった好打者でも、負傷者の強行出場はカープ投手陣を助けることにしかならない。そう思っていた。

 だが結果からみれば、28歳の精神力、そして技術の高さを見誤っていた。

 連敗して迎えた土壇場のファイナル第3戦を前に、梶谷はこう語った。

「練習は軽めにして、試合で力を出せるようにしている。痛み止めも、本当は1錠のところを4錠にしてます。ちょっとでも効き目がよくなるかもしれない、効く時間が長くなるんじゃないかっていうアホな発想ですよ。4つ勝つ。それしかないんで、後先考えずに思いきりやるしかない」

 左手薬指の爪は、依然として内出血で青黒くなっていた。

黒田、新井と広島の二枚看板を打ち破った梶谷。

 第2戦に続いて5番を任された梶谷は、ベイスターズ2点リードで迎えた5回2死一、三塁のチャンスで打席に入った。

 4番の筒香嘉智が敬遠気味の四球で歩かされたことが、男の心に火をつけた。

「見とけよ」

 黒田博樹が投じた3球目の内角カットボールを振り抜き、ライト前タイムリー。貴重な追加点をもたらすと、8回裏2死満塁で打席に新井貴浩を迎えた大ピンチの場面では、フェンス際のファウルフライに猛然と飛びつき、窮地を救った。地面にぶつけた左手の痛みに、しばらく立つこともできなかった。

 さらに第4戦では、3回の打席でまたも内角の変化球をさばいてライトスタンドへの2点本塁打。表情ひとつ変えずに悠々とダイヤモンドを一周すると、ベンチで出迎えたナインと右手でハイタッチを繰り返した。

骨折の梶谷に対し、執拗な内角攻めを。

 梶谷はカープバッテリーの配球について、こんなことを言っていた。

「ある程度、対応できるコースと、ここはもう打てないというコースがある。昨日(無安打に終わった第2戦)はやたらにそこに投げてこられた」

 左手を強く握れないため、引き手である右手頼みのバッティングにならざるをえない。スイングスピードの低下に加えて、内へのボールには本能的に恐怖心が生まれる。梶谷が「対応できるコース」と語っていたのは外角のことであり、うまくタイミングを合わせてレフト方向に落とす形なら安打になる可能性があった。

 だからカープの投手たちが内角を攻めたのは当然の策だった。そして梶谷は、痛みをこらえて両手を強く握り込み、思いきり打球を引っ張ることで敵の狙いを逆手にとったのだ。

 ラミレス監督は連敗で後がなくなった後、「生きるか死ぬかの一戦」と、勝負にかける強い思いを表現していた。梶谷の攻守にわたる常識破りの活躍は、まさに決死の覚悟から生まれたものだった。

 カープが日本シリーズ進出を決めた第4戦のスコアは8−7。ベイスターズも必死に食い下がったが、終わってみれば初回の6失点が重かった。

 特に先頭の田中広輔への四球は、ファイナルステージ全体の流れを大きく左右した。

先制点を絶対に奪われないため、田中を抑える必要が。

 5−0、3−0とカープが完勝し、第3戦はベイスターズが3−0とやり返した。梶谷だけでなく、肉離れからの復帰後すぐにリリーフのマウンドに立った須田幸太が2死満塁の危機をしのぎ、石川雄洋も昨オフに手術を受けた右ひじをフェンスに強打しながらフライを捕球した。

 黒田を打ち、そして新井を抑えた。カープの象徴をなぎ倒して勝利を収めた勢い、さらに今後に控える先発のメンツを見ても、反攻につながる大きな期待感が膨らむ中で迎えた第4戦だった。

「流れはうちにきている。このシリーズでは特に先制点が重要な意味をもつ」

 試合前、ラミレス監督は言った。先制点を奪われないための敵のキーマンは、言うまでもなく絶好調の田中だった。

 第3戦まで12打席中11出塁(8安打・3四球)の田中を最初の打席で仕留め“確変”状態を終わらせることは、ベイスターズが主導権を握るためにも極めて重要なミッションだったのだ。

不可解な審判の判定が、2度もあったが……。

 先発の今永昇太は制球に苦しみ、いきなり3ボールとしたが、フルカウントまで持ち直した。ファウルが続き、11球目。146kmのストレートはボールと判定された。

 映像で繰り返し確認したが、白球は左打者の内角、ストライクゾーンを通過しているように見えた。外角に構えていた捕手の戸柱恭孝がミットを伸ばして捕球する形となったためか、津川力球審の右手は上がらず、田中の連続出塁を止めることはできなかった。

 見逃し三振に終わっていたとしたら――。

 勝負を“たられば”で語るべきではないと知りつつも、そう想像せずにはいられないほど重要な局面での微妙な判定だった。田中の出塁に始まった攻撃が大量6得点につながり、ベイスターズの反撃の結果、最後は1点差の勝負となったことを思えば、なおさらその思いは強くなる。

「ハートが燃え尽きるまでやった」

 ジャイアンツとのファーストステージ第1戦では、インプレー中の二塁への牽制球に対し、山本貴則塁審が判定をしないという異様な場面もあった。

 1点差の終盤、一打同点の重要な局面で、タイミングは際どかった。

 抗議に出たラミレス監督が翌日明かしたところによれば、「塁審はプレーがかかっていないというジェスチャーをしていた。でも球審がプレーはかけていたことを告げると、塁審は『セーフのタイミングでした』と答えた」という。

 選手たちが肉体を酷使し策を練って真剣勝負に挑んでいるのとはあまりに対照的な、お粗末なジャッジメントだった。

 梶谷が最後に「ハートが燃え尽きるまでやった」と語ったように、ベイスターズにとって初のCSは、多くの選手が久々に味わった「負けたら終わり」の大舞台であり、悔しくも収穫のある7試合だった。それだけに、ことに重要な局面において、疑念の余地なきジャッジであってほしかった。

文=日比野恭三

photograph by Hideki Sugiyama