正直、驚いた。

 長年サッカーを取材していて、ずっと感じていたことがあった。この度、日本代表でプレーする2人の選手の変貌ぶりを見てその感覚が確信に変わった。

 その選手とは、25歳の原口元気と26歳の清武弘嗣。共に海外に出てプレーし、日本代表でも欠かせない重要な存在になりつつある2人だ。

 この2人を見て何を感じたのか……それは「たかが言葉、されど言葉」ということだ。

“コメント力”とよく言うが、一流選手はインタビューや取材に対し、非常にしっかりとした受け答えが出来る。もとを辿れば、しっかりとした受け答えが出来るからこそ、その地位に上ることが出来た、とも言える。

優れた選手は“コメント力”にも優れる。

 ここで言う“コメント力”は、親しい間柄だったり関係性が深い人間との会話ではなく、「不特定多数の囲み取材における発言力」と捉えて欲しい。

 記者からの咄嗟の質問に対し、いかに対応出来るか――。当然、選手にはそれぞれ性格があるし、年齢的な問題もある。人前でしゃべることを苦にしない選手もいれば、人見知りだったり、しゃべることが得意でない選手もいる。もちろん、経験を積んだ大人と若い年代との差はある。

 しかし、状況や性格が十人十色であることを前提として、いかに質問に対して、建設的で思慮深く言葉を発することが出来るか。勢いに任せて言葉を出すのではなく、ワンクッション置きながら、一度自分の中に飲み込んでから発言をしているか……といった能力のことだ。

 この観点からすると、Jリーガーの中でも“コメント力”が乏しい選手が多くいるように思う。

 実は、原口と清武の両者も、以前はどちらかというとそちらの部類に入る選手だった。

ユース時代から抜きん出ていた原口と清武の才能。

 2人とも小学生時代から抜きん出た存在で、原口は抜群のドリブルのキレとシュートセンスが際立ち、清武は視野の広さとパスセンスが光っていた。

 浦和レッズユース時代に取材で何度も通ったが、原口の言葉は中学生(当初の彼は中学生でジュニアユースからユースに飛び級で参加をしていた)、高校生レベルということを差し引いても、しっかりとコメントができるという印象はなかった。

 清武に関しては、彼が高校生の時、大分トリニータU-18の練習取材に行った時にちょうど怪我のリハビリ中だったので、ジャージー姿でリラックスしていた彼と1対1で話をした。決して話が上手いわけではなかったが、朴訥な感じながら自ら話そうとする意思もちゃんとあり、好印象を受けた。

 逸材と言われた2人は当然のようにプロに進み、Jリーガーとして取材をする機会はあったが、実はコメント力は高校時代より悪くなっているような印象を受けていた。

プロ入り後もずっと順風満帆というわけではない

 原口に関しては、当時の浦和のチームメイトが「相当なやんちゃな選手で、何か言うとすぐにふてくされたりしていたり、感情を剥き出しにすることもある」と語っていたように、感情の起伏が激しく、囲みでも素っ気ない応対を見せていた。

 清武も、囲み取材をしても声が小さ過ぎたり、うつむいて質問者の顔を見なかったり、質問に対する答えが短かったりと、高校時代に抱いた印象とは裏腹に、コミュニケーションを取るのが困難な選手になっていた。

 2人に共通していたことは、「複数の人間が集まる囲み取材に対して積極的では無い」ということ。嫌悪感さえ抱いているのではないかと感じることもあり、その印象はしばらく拭えなかった。

 その後の彼らのサッカー人生も順風満帆とはいかないように見えた。

 清武はC大阪で頭角を現し、'11年にA代表入りをして翌'12年にはロンドン五輪4位に貢献。ドイツ1部のニュルンベルクに移籍をし、海外でのキャリアをスタートさせ、'14年にはブラジルW杯のメンバーに選出されるが、出場は僅か数分間に留まった。

 それ以降も'15年1月のAFCアジアカップでW杯以来となる日本代表メンバーに選出されるが、グループリーグ3戦すべて途中出場で、UAEに敗れた準々決勝での出番は無く、A代表では一向に定位置を掴みきれないでいた。

欧州クラブで2人が学んだものとは?

 一方の原口は'09年1月に浦和史上日本人最年少のプロ契約を結び、'09年シーズンに開幕スタメンを飾ると、4月には早くもA契約を結ぶなど、華々しくプロのキャリアをスタートさせた。

 だが、その後は感情の起伏が激しい性格も災いし、レギュラーを掴んだりベンチを温めたりと、浮き沈みの激しいシーズンを送り、'11年12月にはけん責及び1週間の謹慎処分が下されるなど、問題も起こしてしまった。'12年にはU-23日本代表からも落選し、ロンドン五輪に出場出来なかった。

 しかし月日が流れ、彼らはサッカー選手としてだけでなく、人間として大きく成長をした。

 清武はニュルンベルクに移籍をしてから、徐々に言動に変化を見せていった。質問に対する答えも徐々にスムーズになり、言葉の種類やセンテンスも増していった。

 原口もヘルタ・ベルリンに移籍をした'14年途中から、コメント力が劇的に変化していった。昨年から今年に掛けては、取材時にいつもうつむき気味だった視線が徐々に上がり、言葉が出て来るテンポが良くなり、そして話す内容も濃いものに変わっていくという、大きな変化を見せた。

 それはプレーでも“変化”として現れる。2人に「献身的なプレー」と「リトライし続けられる粘り強さ」が生まれていったのだ。

 攻守の切り替えが早くなり、原口はドリブル、清武はパス出しからのフィニッシュワークのタイミングと質が向上し、集中も切れること無く、攻守において存在感を放てるようになった。特に原口は、プレーがぶつ切りになることなく、感情の起伏に左右されない、波の少ない選手へと成長を遂げていった。

最後の最後まで、攻守にわたって頑張り続けた原口。

 今回のロシアW杯アジア最終予選。厳しい戦いを強いられている日本代表の中で、この2人の躍動は大きな希望となっている。この2人の具体的な活躍ぶりは多くのコラムに取り上げられているので割愛するが、イラク戦の原口のゴールは積極的な守備から、2人が長い距離をスプリントして、清武のアシストから生まれた。

 オーストラリア戦の原口の3戦連発弾も自身のインターセプトから、ハーフコートを走り抜いて決めたものだった。

 PKを与えたシーンも、猛然と帰陣をしたからこそあそこに彼がいたのであり、擁護するわけでは無いが、彼の献身性が垣間見られるシーンでもあった。

 PKからの失点の後も集中を切らすこと無く、85分にはドリブル突破から浅野拓磨の決定機を演出するなど、後半アディショナルタイムに交代を告げられるまで運動量を落とさなかった。

 この試合、清武も緊迫した状況が続く82分に投入され、献身的なプレーと仕掛けでチームのバランスを保った。

サッカー人生での挫折と海外経験が、2人を成長させた。

 この試合、試合後のインタビューや囲み取材での2人のコメントを見ても、質問に対してひとつひとつ丁寧に思いを言葉に変える様子が感じられた。

 特にオーストラリア戦後の原口は、PKを与えたことに対して大きな後悔と責任を感じ、苦しい胸の内を抱えていたはずだが、後になって、取材に対して真摯に答える姿を映像で見ることができ、改めてとてつもなく成長したことを確信できた。

 2人に共通していることは、順風満帆に始まったプロ生活が、途中でうまくいかなくなる経験をしたこと。かつ、日本を飛び出して海外でプレーをすることで、「井の中の蛙」でなくなり、人生観という点においても視野が大きく広がったことにある。

 苦しい時期に自分自身と真正面から向き合い、サッカー選手として海外やA代表で生き残っていくためには何をすべきかを考えたのだろう。時には仲間や海外の先輩達の話に耳を傾け、彼らの言動を学びながら、自らを客観性と主観性で捉えて行くバランスを構築していったのだろう。

 その成長の証が、現在のプレーであり、言葉(=コメント力)なのである。

優れた言葉を手繰ることは、自らの客観視を意味する。

「たかが言葉、されど言葉」

 言葉をしっかりと発することが出来るということは、即ち自らを客観視出来ているということ。この客観視なくしては、自分の本当の姿の本質を捉えることが出来ないし、思い込みでは無い、はっきりとした主観を持つことも出来ない。

 客観と主観のスイッチを持ち、自らが状況に応じて切り替えが出来る選手こそ一流選手であり、セルフコントロールが出来ているからこそ、プレーだけでなく、言葉でも優れた評価を受けるようになるのだ。

 2人は少し遠回りをしたが、この領域に到達することが出来た。そして、今後さらに彼らのピッチ内外での表現力は高まっていくだろう。

 そう、成長の裏には必ず「言葉」がある。それは切っても切れないものなのだ――。

文=安藤隆人

photograph by Takuya Sugiyama