作新学院・今井達也投手の甲子園での快投、そして全国制覇には、たくさんの人が驚いたに違いない。

 それほどに、この春や去年の今ごろのグラウンドで見た“今井達也”とは、まるで別人の躍進ぶりだった。

 作新学院に快速球投手がいることは、2年生で迎えた夏の甲子園の時から聞いていた。しかし、その逸材が甲子園のベンチにはいなかった。

 新チームの秋、栃木の県大会で見た今井達也は、ただ力任せに体を振って投げる、見るからにコントロールの悪そうな粗けずりな投手だった。

 しかし、細身でもリリースポイントで全身の瞬発力がはっきりわかるパワフルな投球フォームと身体能力、何よりしなやかな腕の振りには、「次の春こそ……」と期待させる才能が満載されていた。

 しかしその春も、背番号18を背負ったスリムなユニフォーム姿が、公式戦のマウンドで躍動することはなかった。

夏の甲子園で驚いた「どこが今井なんだ」。

 そして、夏だ。

 栃木県予選が始まった時点でも、まだ彼は“本物のエース”じゃなかった。しかし、5人の投手たちの継投で勝ち進む中で、およそ22イニングで33三振を奪って快投を続ける報道に、はっきりと変身を認識したものだった。

 甲子園でひさしぶりに見て驚いた。

 どこが“今井”なんだ……。

 彼のフォームはそこまで変わっていた。いや、改善されていたと言わなければ、彼の努力と、そのために骨を折った指導者の方たちに失礼というものだろう。

リリースの瞬間を見ただけで、ボールの軌道がわかる。

 まず、体を振って投げていない。

 昨秋は、速い球が投げたくって、そのための反動が欲しさに、テークバックで右手が左側のお尻に触れるほど上体を横に振って、その“振り戻し”を使って力んで投げていたのが、今は両肩のラインで投げられている。

 両肩のラインがバックスクリーン方向へ向いていて、このラインから外に出ない範囲でテークバックがとられている。

 だから、右手を巻き上げてもロックされることなく、右手が存分に高さをとれて、快適なトップができる。

 準備動作がベストアクションだから、そこから全力で、やはり気分よく右腕を振り下ろすことができて、しかも、腕の振りの軌道は“両肩のライン”に乗る。そのラインが正しくキャッチャーミットを向いているから、投じられるボールが吸い込まれるようにミットを叩けるのだ。

 甲子園の時の今井達也のフォームなら、リリースの瞬間の動きを見ただけで、150キロ近い快速球が狙ったポイントに投げ込まれることがわかる。

 もっと言えば、どんなボールがどこに投じられるのか、私は言い当てられる。いや、おそらく私だけじゃない。多くの人が彼のボールの軌道をイメージできるはずだ。

 それほどの安定感と合理性。

予選では半分しか投げなかった男が……。

 いつの間に身につけてきたのだろうか。

 甲子園での、全国制覇までの5試合。

 すべて先発して、完投しなかったのは一度だけ。予選では優勝までの6試合の中で、およそ半分のイニングしか投げなかった彼が、本番の大舞台は、1人でほぼ投げきってしまった。

 よく言われる「甲子園の●●ヂカラ」、最近では、特別なアドレナリンが体内に湧くともいわれるが、かりに“そういうもの”があったにせよ、炎熱、酷暑のあの大会で5試合41イニングを投げ通し、しかも決勝戦でも150キロ前後をガンガン続けた今井達也はすごかったと思う。

 本当はクタクタに疲れていたはずの決勝戦でも、まるで、甲子園初戦のようなフレッシュな躍動感を振りまいて、体の痛み、ハリなど、あるはずなのにかけらも見せず、深紅の大優勝旗を栃木に持ち帰った。

U18大会でぶり返していた秋のフォーム。

 その後に行われた「U18」アジア大会。

 甲子園という大仕事を終えた安堵感、開放感、いろいろな思いが交錯していたのだろう。彼のフォームにわずかな変化が見えた。再び、秋のフォームに戻りかけているように見えたのだ。

 見せてやる!

 そんな若々しい意欲がほとばしっていたのかもしれない。周囲の期待を感じながら150キロを見せようとして、以前のように体を振って反動を使って投げる兆しが見えていた。

 テークバックで右手が背後に回って、そこから高く上げようとしても、関節にロックされて右手が肩の高さほどで止まってしまう。(試していただければわかりやすいと思う)

 あんなにタテに、豪快に、気持ちよく振り下ろされていた右腕が、斜めの振りになって、球道が不安定になり、速球も伸びて見えなかった。

明確な“原点”があるのが今井達也の強み。

 打者の視点ではパッと消えるカットボールに、ホームベース上で音もなく沈むツーシーム。

 打者にわからないように動く“本物の変化球”もすばらしく、今井達也が今年のドラフト候補の中でも5本の指に入る快腕であることは間違いない。

 しかし、いかんせん活躍、奮投できた期間の短い“駆け出し”であることも事実であろう。その技術はまだ確立されたものではなく、その日、その時期によってこれからも揺らぐことが予想される。

 しかし、彼には“原点”がある。

 もしもユラッと来た時は、誰が見たっていちばん良かった甲子園の形に戻せばよいのだ。映像はいくらでもあるし、彼自身にも記憶と体感がしっかり残っているはずだ。

 人間のやることにはすべて波がある。

 その波をできるだけ小さくするためには、あれっと思った時に戻っていける原点を持つことであろう。

 作新学院・今井達也の最大の強み。

 それは、明確な“原点”を持っていることだ。

文=安倍昌彦

photograph by Hideki Sugiyama