日本の戦後文学の金字塔と言われる遠藤周作の小説『沈黙』を、巨匠マーティン・スコセッシ監督がハリウッド大作『沈黙-サイレンス-』として映画化。そんな同作に、人間の弱さ、哀しさを一身に背負ったキャラクターであり、異彩を放つ存在のキチジロー役で抜擢されたのが、日本が誇るの怪優・窪塚洋介。苦節の時期を経た今の想い、今作でのハリウッドデビューとこれからの芸能活動について語ってくれた。

◆恨み辛みのようなヨコシマなものや怒りがエネルギーになっていた

――2015年前半の撮影から、ようやく公開となりました。ハリウッド映画に出演したんだという実感は?
【窪塚洋介】 アメリカのNYやLAの銀幕に僕が登場するなんて。なんかいい時代だなと思います(笑)。まあ自業自得ではあるんですけど、事故のあとの不遇の時期から這い上がっていくような期間があったので、賛辞とともに海外からお迎えが来てくれて、やっと報われるというか。でも、そのころ突き放されていた芸能界に対して「見返してやる」と思っていたわりには、キチジロー役が決まったときには「ざまあみろ」とかそういう感情はなくて。それは音楽活動を続けてきていたことが大きいと思います。

――卍LINEとしての活動ですね。
【窪塚洋介】 インターネットがない時代のフラストレーションとか、世の中やメディアに対しての負の想いというのは、卍LINEとして音楽活動をしていたことによって、かなり昇華されていたんです。恨み辛みのようなヨコシマなものや怒りがエネルギーにもなっていましたけど、それってあまり持ちたくはないものでもありましたから。純粋に喜びの気持ちだけを持って、『沈黙-サイレンス-』の公開を迎えられて良かったと思っています。

――今回、ハリウッド大作への出演になりましたが、海外への活動に目を向けたのは、日本での“不遇な時期”があったから?
【窪塚洋介】 いやいや。マーティン・スコセッシ監督の映画のオーディションがありますとなったら「行かないわけはない」というだけの話ですよ。DVDのメイキング映像や特典映像まで観まくっていた尊敬する監督の作品に出演できるわけですから。ただそれだけです。よくハリウッド進出と言ってもらうんですが、それよりもスコセッシ作品に出演した、という方が自分の感覚により近いですね。

――2016年にアメリカで公開されるということは、今年の米アカデミー賞を狙うということもあると思います。
【窪塚洋介】 そうでしょうね。ひょっとしてという思いはあります。今後、何作ハリウッドに呼んでもらえるか分からないですが、そのなかでもきっと賞レースに一番近い作品になるんじゃないかと思います。でも、今作で助演賞に一番近いのはイッセー(尾形)さんじゃないかな。

◆役者としてのキャリアはこれで終わってもいい

――スコセッシ演出というのはどんな感じだったのでしょうか?
【窪塚洋介】 役者をすごく信頼してくれますね。あの方の哲学というか、スタイルだと思うんですが、まず役者を信頼して、委ねてくれて、褒めてくれる。もう1回やるときも、「最高だな、良かった良かった。もう一回いってみよう」と。オーディションのときにも感じた懐の深さがずっとありました。こちらがいい芝居を出せるようなその温度が肌で入っているんでしょうね。いい空気感をちゃんと作ってくれて。そこにマーティンがいるだけでみんなは集中するし、それぞれのポテンシャルも上がる。ナメック星の長老みたいに、それぞれの能力を上げてくれる人でした。いつもより大きな自分に、いつもより仕事のできる自分になれるんだと、のせてくれるなかでみんな演じていたんじゃないかな。

――スコセッシの現場を体験した後では、役者としてのスタンスが変わりそうな予感があったのでは?
【窪塚洋介】 ぶっちゃけ役者としてのキャリアはこれで終わってもいいとまで思いました。マーティンとやったことや、役柄も含めて、今までで一番“高い山”でした。きっとマイケル・ジョーダンが辞めたのも同じくらいの年齢だったなって(笑)。まあ冗談ですけど、そんなことが頭をよぎるくらいの気持ちでしたね。ただ今後、この感覚が変な足かせにはなるかもな、という予感もありました。でも、その後にやったのが映画ではなく舞台だったので、そのチョイスが我ながら良かったなと思っていて。同じ演じるという仕事ではあるけれども、まったくアプローチの違うことをやることで、マーティンたちからもらったエネルギーをいい形で、こっちに持ってくることができたと思います。

――近年は俳優のみならず、ミュージシャンやカメラマンとしてもマルチに活躍されていますが、そのなかで俳優業はどういう位置づけなのでしょうか?
【窪塚洋介】 ここ最近はレゲエDJで食べてるんですよ。基本的に活動のベースは、卍LINEなんです。さっきもお話ししましたが、ふだん考えていること、感じていること、怒っていること、願っていることが、卍LINEを通して歌に出てきます。ちょっと言い方が難しいんですが、“俺がなりたい俺”が卍LINEなんです。それがあるから、現実的に生活ができていて。それがあるから、映画は本当にやりたいものだけをやることができる。食っていくために俳優をやらなければならない、ということがないので。それが音楽にも俳優業にも“100-100”のエネルギーで挑むことができることにつながっていて。すごくありがたいと思っています。

◆20代の早い段階でドラマは辞めようと思った

――俳優としての窪塚さんへの需要も高いと思うのですが、“本当にやりたい”と思える作品とは?
【窪塚洋介】 台本を読んだインパクトと、あとは誰が出演するのか、監督は誰がやるのかといった情報をもとにした直感ですね。自分がワクワクしているかどうかは大きいです。あと、漫画原作の作品も『ピンポン』をやったころは好きだったんですけど、最近はちょっと多いかなと思っていて。どこかでオリジナルの作品に挑戦したいなという気持ちはあります。

――最近はテレビドラマにはほとんど出られていないようですが。
【窪塚洋介】 そうですね。20代の早い段階でドラマはもう辞めようと思いました。今は出るつもりはないです。もちろん素晴らしいテレビ局のディレクターがいるのは知っていますし、『北の国から』の杉田成道さんなど実際に僕にすごく大きな影響を与えてくれた方もいます。でも、ドラマと映画の現場の温度の違いが、僕には大きくて。映画は基本、カメラ1台で、あれだけの大人数が集まって、ひとつの瞬間を撮るために集中します。たしかに、カメラ位置を変えて同じ芝居を2回、3回やるより、複数台で1回で撮ってほしいというのがふっと頭をよぎることもあるんですが、でもやっぱりそうすることによって出てくる画の力の違いがあります。やるのであれば、温度が高いところにいた方が俳優として上がっていけるわけですし、ギョーカイの政治的なことや人気だけにとらわれず、自分のクリエイティブを絡め取られない場所で自由にやっていきたいんだと思います。

――今後、海外作品への出演は?
【窪塚洋介】 英語を学びながらですね。今のままではハリウッドで勝負できるとは思えないので、少しだけ開いた向こうへの扉を押し開いていけるかどうかは、僕のこれからの努力によると思うから、それも見据えつつ。でも地に足をついて、無理することなく、背伸びすることもなく。必要以上に自分を大きく見せる必要もないし、小さく見せる必要もない。そのまま等身大でまかり通す、という感じですね。でもやっぱり日本が好きなので、この国で力を発揮し続けたいという気持ちもあります。

――本当に窪塚さんって波瀾万丈な人生ですよね。
【窪塚洋介】 高校までは普通だったんですけどね(笑)。それがコンプレックスみたいなところもあったので、その反動があっての今というところもあるのかな。でも、それが活かせる仕事なので、それを栄養にいろいろな役に挑戦していきたいと思っています。
(文:壬生智裕)