ニコニコ動画のお粗末:山形浩生(評論家兼業サラリーマン)
無根拠な抗議
インターネットの発達で、紙の本や雑誌は滅びる――そういわれてから何年たつだろう。そしてそろそろ事態が動きはじめたかと思われる節がある。まずグーグルが世界的にすさまじい量の書籍の電子化に乗り出した。コンテンツはこれでかなりの蓄積ができた。またリーダー機器の面では、日本では未発売だがアマゾン・コムがキンドルという電子ブックリーダーを発表し、一定の成功を収めている。流通も、アマゾンの電子ブック販売や、アップルのiTunesストアなどが手法をほぼ確立しつつある。
だがその過程で、電子メディア特有の問題も次第にあらわになりつつあるようだ。それを示す事件が最近立て続けに起きている。
アマゾン・コムのキンドル用に、オーウェル『1984年』『動物農場』の電子ブックを買った人は、6月に驚愕した。版元に問題があったから、としてこれらの本が手元のキンドルから勝手に消し去られていたのだった。いったん買った本や雑誌やソフトが、自分の本棚やパソコンから勝手に消し去られるなんて、これまでは物理的にもありえない!
アマゾンは、この対応について平身低頭し、二度とやらないと宣言した。が、そもそもそんなことができるということ自体に多くの人が戦慄した。そしてその舞台がまさにそうした情報統制社会の恐怖を描いた『1984年』だったとは、なんたる運命の皮肉か。
一方アップルは、オンラインのiTunesストアで販売されるiPhone/iPod用のソフトの健全性に、たいへん神経を使っている。わいせつ語が入っているソフトは、軒並みアダルト指定を受ける。先日、なんと普通の英語辞書がこれを理由に改変を要求され、ストアへの出店を拒否された。アップルは対応のまずさを認めたものの、方針にはいまのところ変化はない。
わが国では動画投稿サイト、ニコニコ動画が同様の問題を示した。酒井ノリピーの昨今の騒動を受けて、彼女の替え歌を歌唱ソフト『初音ミク』に歌わせた動画が投稿された。ところがなんとその歌唱ソフトのメーカーであるクリプトン・フューチャー・メディアが、そんなことに使われたら自社ソフトのイメージダウンだ、と称して削除を要求したのだ。
当然ながら彼らはそのコンテンツについて何の権利ももっていない。が、信じられないことに、ニコニコ動画を運営しているニワンゴは、この無根拠な抗議にあっさり応じて、問題の動画を削除してしまった!
ニワンゴの経営陣でもある西村博之がこの対応に疑問を述べ、その後同社は、問題の動画を復活させた――投稿者に対する自主検閲を促すコメントつきで。
ネットは著作権無視の違法コピーが横行する面ばかり取りざたされることが多い。でもじつはデジタルコンテンツの真の問題は、コントロールができすぎてしまうことなのだ。今回取り上げたケースが如実に示しているように。
ネット上の自主的な規範
これはネット法学の第1人者ローレンス・レッシグの10年前からの主張だが、それが急激に現実味を持ち始めている。紙媒体では物理的にできなかったことが、デジタル媒体では平気でできてしまう。そのとき、いま当然と思われている権利や自由があっさり破壊されかねないのだ。
いま多くの日本のコンテンツ運営業者は、抗議があればそれが正当なものだろうと不当なものだろうと、人に不快感を与えてはいけません、といった低級なお題目の下に問題のコンテンツをとりあえず消して、ほとぼりが冷めるのを待つ、というのがありがちな対応だ。ニワンゴの対応はその好例だろう。ブログの罵倒合戦くらいならそれでもいい。
だがデジタルメディアが紙媒体を置き換えるなら、紙媒体で建前にしても重視されている規範をどう維持するのかも考えるべきだ。目先の個人的な快・不快なんかより重要なことが世の中にはあるんだから。デジタルコンテンツも、それを考えざるをえなくなりつつあるのではないか。そしてそれを私企業の倫理だけに任せられないとしたら、どんな規制がありうるだろうか?
じつは今年、そのヒントになりそうな出来事がもう1つあった。脳科学者の肩書で各種メディアに頻出している茂木健一郎が、ネット上のボランティア執筆による百科事典ウィキペディアでの自分に関する記述に文句をつけ、それをかなり我田引水なかたちで大幅に書き直した。それに対して項目執筆者たちはひるむことなく、ウィキペディアの執筆ルールに基づいて茂木の苦情に形式的には対応しつつ、ほぼ従前の記述を復活させて、誠実な対応とメディアとしての中立性を見事に両立させたのだ。
こうしたネット上の自主的な倫理や規範も多少の可能性があるのでは? むろん、それがどこまで公的な権利保護の規制を補完代替できるかとなると、まだまだ考える必要はあるのだが。
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2009年10月号のポイント
民主党政権誕生。「日本をこう甦らせて欲しい」と、一言述べたい人も多いだろう。そこで、緊急特集「民主党にこれだけは言いたい!」と題し、李登輝氏、竹中平蔵氏、花岡信昭氏など9人の論客に日本国民の気持ちを代弁して提言いただいた。日本再生へ思いを民主党に託す、力のこもった意見の数々を是非お読みください。
その他、ビル・エモット氏の中国論(力作50枚)、大前研一氏の日本経済展望など、注目論文満載です。
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