気迫で実現したご遺骨の帰還:野口 健(アルピニスト)(1)
全ご遺骨が帰国できるまで800年以上?
この夏、自身4回目となる遺骨収集のためにフィリピンに向かった。この連載でも何度か遺骨収集を行なった経緯などを紹介させていただいたのでここでは触れないが、この活動、じつに過酷である。事務所スタッフによれば、この活動を始めてから私の眉間にしわが増え、表情が厳しくなったとのこと。本人は無意識だが、たしかに写真に写っている自分の顔が急激に老けこんでいるのが分かる。
遺骨収集を始めてからの1年間、不思議な出来事の連続であった。レイテ島の山中の洞窟で無数の遺骨を発見したときのこと。まずは私の時計が止まった。次に私の隣にいた人の眼鏡にひびが入った。そしてカメラマンのカメラがその場で原因不明の故障。別の洞窟前では、隊員の1人が突然仰向けに倒れ痙攣を起こし、担ぎ下ろす騒ぎ。そして帰国してから、これまた原因不明の体調不良が続いた。鉛を背負っているように体が重たく、額からは脂汗。そして靖国神社に帰国報告の参拝中に吐き気に襲われ、帰宅してから寒さに震え毛布を被るものの、意識が遠のいて救急病院に担ぎ込まれた。検査の結果、やはり原因不明。一晩点滴を受けるしかなかった。私はいままで霊感なるものを感じたことが少なかったが、この遺骨収集を始めてからは、じつにさまざまな現象に悩まされてきた。
現地も過酷極まる。灼熱地獄のジャングルにマラリア蚊、ゲリラにコブラ、とくにフィリピンの離島は治安がきわめて悪く、われわれの仲間の1人がゲリラに拘束され自力で脱出し、何とか生還したこともあった。正直、ヒマラヤ登山より遺骨調査、収集のほうがはるかに過酷である。
昨年までは、われわれのような民間団体による遺骨収集は認められなかった。所管官庁である厚生労働省によれば「遺骨収集は国が行なう事業であり、民間の手で持ち帰ることはできない」ということであったが、しかしその国家事業であるはずの遺骨収集の実態は、この10年間を見ても年平均600〜700体にすぎない。先の大戦での海外戦没者数は約240万人で、そのうち約125万体が日本へ送還され、未送還のご遺骨は約115万体。残念ながら、すべてのご遺骨を収集できない事情もある。しかしそれらを除いても、収集可能な遺骨は59万体とされている。つまり厚生労働省のこれまでのスピードで収集活動を行なえば、収集可能な59万人のご遺骨が帰国できるまでに800年以上かかってしまうのだ。遺骨収集、遺族による慰霊巡拝に充てられた国家予算はたかだか3億円にすぎない。はたして、これが国家事業といえるのだろうか。
ではアメリカではどうか。現在でも約400人の現役および退役軍人、戦史研究家、人類学者がチームをつくり、第2次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争などで行方不明となった兵士の捜索、遺骨収集を行なっている。年間予算は約55億円。2007年6月には、硫黄島で行方不明となっているたった1人のアメリカ人兵士のために捜索が行なわれたほど徹底している。
国が責任を果たそうとしないのならば、われわれ民間団体がアクションを起こそうと、NPO法人・空援隊が誕生。設立当初のテーマは、遺骨収集が許されないのならば現地に乗り込み、どこにどれほど遺骨があるのか徹底的に調査を行ない、その情報を厚生労働省に持ち込んで政府収集団の派遣要請を行なうこと。しかし、それはそれでつらい。なぜなら、60数年目にして遺骨を発見しても、野ざらしにされたままの遺骨に何もすることができない。手を合わせて「必ず国に伝え、次回はお迎えに上がります。もう少しの辛抱です」と声を上げたこともあるが、必ずしもそれらすべてが収集されてきたわけではない。
当時はフィリピンの遺骨鑑定人によって、その遺骨が日本人であるか否か医学的な根拠を求められたが、バラバラに砕け散った遺骨に、これが日本人でこれがアメリカ人などと、骨格の違いを判別できるものは限られていた。洞窟内に大量の遺骨が発見されることなどからして集団自決の可能性が高いし(米兵が集団自決したことはたった1度も記録されていない)、銃剣や38式銃、ヘルメットなどの遺留品からして日本兵の遺骨であると現場で状況判断すべきであるにもかかわらず、それが許可されなかった。発見しておきながらも日本に帰すことができない事態にどれだけ苦しんだか。あれだけ死ななければならないハードルが低かったのに、遺骨になって祖国に帰るハードルが高すぎる。国の冷たさに怒りを超え、胸にポカンと穴が開いたような虚脱感に襲われたこともあった。
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2009年11月号のポイント
“これから半年、鳩山政権下で日本経済はどうなるか”特集[景気回復できるか鳩山政権]では、さまざまな角度から検証してみた。
財部氏はじめエコノミスト7人は一様に、マニフェストの経済政策を「景気を冷やす危険がある」と警告。経済同友会の桜井氏は“企業活動の自由度をもっと上げよ”と苦言を呈す。堺屋太一氏は“民主党がマニフェストを棄て豹変すれば、明治維新に匹敵する大変革を実現できる”とエールを送っている。その他、注目論文満載。
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