私はパートで働きながら、小学5年生の息子と5歳の娘を育てています。夫はホテル業で帰りが遅く、家族が眠ってから帰宅する毎日です。

 

家のことは私ががんばらないと、といつも思っていました。私がガマンしなければ、とも思っていました。洗濯をしなきゃ、夕飯を作らなきゃ、掃除をしなきゃ......。私の中では、すべてが「やらなくちゃいけないこと」になっていました。そのころ、夫の職場が変わったことで引っ越しもあって落ち着かず、ただ、必死の毎日でした。

 

引っ越しの片づけが一段落したころ、私の体調は崩れてしまいました。朝、体が鉛のように重く感じられて、起き上がれなくなったのです。「気合いが足りない」「甘えている」、何度、そう思ったことでしょう。そのうちすべてが億劫になってきて、夕飯が作れず、お風呂にも入れず、子どもの声にイライラし、仕事の日数を減らし、でも、なんとか1日1日を乗り越えていました。夫は仕事が忙しくて余裕がないので、助けを求めることはできませんでした。

 

そんな私の様子にいち早く気づいてくれたのは、義理の母でした。足が痛いのに、遠くから電車を乗り継ぎ、何度も手伝いに来て、私を助けてくれたのです。

 

しかし、精神的に不安定だった私は、いつも一番近くにいた子どもたちに当たりがちになりました。

 

それなのに娘は私がパニックになると、「ママ、こういうときはまず落ち着いて深呼吸だよ。すって〜、はいて〜、すって〜、はいて〜」と、私の背中をさすってくれました。私が疲れ切っているときは、「ずいぶんがんばったね。疲れたってことは、それだけがんばったってことだね」と励ましてくれました。泣いてばかりの私に、楽しい音楽を聞かせてくれて、「今の歌詞、聞いた? 泣いてばかりいたらワクワクできないんだよ。だから、ニッコリね」と笑顔をくれました。

 

息子は「ママ、いなくならないでね」と、ずっと私の心にブレーキをかけてくれました。どれだけ子どもたちにガマンをさせ、つらい思いをさせてきたのでしょう。

 

病院へ通い、体調が落ち着いた今の私にはわかります。あんなに重かった体が動くようになった今だから、感じます。

 

朝、起きられるありがたさ、洗濯ができるうれしさ、買い物に行き、夕飯を作る楽しさ。それまで、やるべきこと、やらなければいけないことと思い込んでつらく感じていたすべてのことが、今はうれしいこと、ありがたいものに変わったのです。

 

今なら、わかります。苦しめていたのは、自分自身でした。追い詰めていたのは、自分自身、責めていたのは、自分自身。やらなければいけないとばかり思い、“できること”にありがたさを感じる気持ちがなかったのです。

 

いろんな人に支えてもらって元気になれた今だから、言えます。1人でがんばることがすごいわけではなく、誰にも甘えないことが強いわけでもなく、自分を犠牲にすることがみんなのためになっているわけでもない。それに気づかせてくれた病気、支えてくれたまわりの人たち、ガマンしてくれた子どもたち、すべてに感謝しています。 病気になる前より、毎日幸せいっぱいになれた私。それまで見えていなかった幸せに気づけるようになった今の毎日は、なによりの"あたたかな日々"なのです。

 

神奈川県横浜市・38歳・パート


(出典:のびのび子育て10月号)