「あらゆる現象に母が見えてしまった時期があったんです。つらい、嫌だなって最初は思っていたんですけど、結局誰しも原点はあって、その原点は母だったと。私の世界、あらゆる現象に彼女が何かしら含まれているのは当然だなって。私の体は親からきているものですから」

 9月22日、『SONGS』(NHK)に出演した宇多田ヒカル(33才)はそう話した。

 2010年に「人間活動」を宣言し、歌手活動を休業していた宇多田が6年ぶりに活動を再開。9月28日には新アルバム『Fantome』を発売した。

 久々の宇多田の姿は、休業前と比べてだいぶやせていたこともあり、ネット上には、《アゴが細くなってる!》《年のせいかな。イメージ変わった》といった外見に関する意見が散見されたが、同時に母子の絆に感動する声も溢れた。

 番組では、インタビュアーの糸井重里(67才)を相手に、「6年間の空白」と母・藤圭子(享年62)への思いを吐露。宇多田がテレビで母の死について触れたのは初めてのことだった。

「休業中は、自分の習いたかった語学とか、図書館に毎日通ったりとか…。若い友達がなぜか多くできたので、そういう二十才前後みたいな遊び方をほとんど体験していなかったので、遅くやってきた青春みたいな感じでしたね」

 番組でそう明かしたように、宇多田は活動休止と同時にロンドンに移住した。

「デビュー以来、生活無能力者だった」と自嘲する彼女は、過去の自分から脱却するためにもがいていたという。

「引っ越しからネット開通、水道、電話の契約まで全てひとりでこなしたそうです。当たり前のようですが、それまでひとりで電車移動さえしたことがなかった女性です。必死だったんでしょう」(芸能関係者)

 ロンドンでの生活に慣れ、穏やかな日常を取り戻した矢先、悲劇が襲う。2013年8月22日、母がマンションから飛び降り自殺した。

◆子供がいなければ復帰していない

 宇多田と藤の関係は世間の母娘とは異質だった。藤は1982年に宇多田照實氏(68才)と結婚。翌年に出産し、3人は日本各地を愛車で旅する自由な生活を満喫する。そんな生活が変わったのは1998年。宇多田のデビューがきっかけだった。

 ファーストシングル『Automatic』が200万枚を売り上げ、翌年発売のアルバムは900万枚を突破。空前の宇多田ブームを前に両親の関係も変わっていった。

「宇多田さんのプロデュース方針を巡り、ふたりは激しくぶつかりました。一変した家族関係を寂しく思う気持ちも強く、宇多田さんは徐々に、両親と距離を置くようになりました」(前出・芸能関係者)

 2002年に宇多田が映画監督の紀里谷和明氏(48才)と最初の結婚をすると、藤は縁を切るようにひとり放浪を始める。藤が自殺した当時も、母子は疎遠だったという。

 絶望に沈む宇多田にとって、一筋の光となったのが恋人の存在だった。宇多田は現在の夫であるイタリア人バーテンダーのAさんと2014年の2月に再婚。翌年夏、長男(1才)を出産した。これが人生の転機となったと番組で語っている。

「もし子供がいなかったら、多分アルバムを作ったり、仕事を始めようと思えてないです。自分が親になって、子供を見ていると、自分の空白の2〜3年が見えてくる。あぁ、私こんなんだったんだな、こんなこと親にされてたんだなって。それって結局、親に対する感謝と、自分がどこにいるのか見えた瞬間なんです」

 子供の存在が、母の死を乗り越える力を宇多田に与えたのだった。

 一方で、宇多田を複雑な思いで見つめる人もいる。藤の実兄、藤三郎氏(66才)である。三郎氏は藤が自殺した当時、照實氏の意向により、妹の遺体と面会することができなかったことをメディアで告白。その後も通夜、葬儀さえ行われない事態に異を唱えてきた。藤の命日を控えた8月19日、女性セブンの取材に三郎氏はこう話した。

「私はいまだに何にもわからんままです。遺骨のことも知りません。散骨したらしいって聞いても、向こうからは一切連絡ないから。もう全然、どうなってるのやら」

 番組では、4月に活動を再開した宇多田が最初に発表し、NHKの『とと姉ちゃん』の主題歌にもなった『花束を君に』も、母への気持ちを歌った楽曲なのだと明かされた。

※女性セブン2016年10月13日号