日本のアイドル文化を語る時、その嚆矢は高度経済成長期の1970〜80年代に遡る。誰もが心ときめかせたアイドルの系譜を、政界屈指のアイドル通を自任する前地方創生担当相・石破茂氏が語る。

「そもそもアイドルとは、目にした瞬間の鮮烈な輝きが衝撃的で、それゆえ歌唱力や演技力を抜きにして心揺さぶられる存在と定義できます。その意味で、戦後日本初のアイドルは1971年にデビューした南沙織でした。私の実家では朝日ジャーナルと週刊朝日を定期購読していましたが、週刊朝日のグラビアを飾った彼女の姿は今でも鮮明に目に焼き付いています」(石破氏。以下「」内同)

 石破氏にとって「南沙織以前」の憧れは、松原智恵子や酒井和歌子を筆頭とする「息をのむほど美しいお姉さん」だった。彼女たちはあくまで「銀幕の中のスター」であり厳密にはアイドルではなかったが、石破氏にとって忘れがたい存在だったことに違いはない。

「南沙織の場合、当時、米国の施政下にあった沖縄出身というのが大きかった。未知なる日本としての沖縄に強い憧れを持っていたのは私だけではないはずです」

 石破氏にとって、「生涯の2大アイドル」といえるのが南沙織と栗田ひろみだった。彼女もまた沖縄と深い関係がある。

「彼女がモデルになったカンパリというお酒の広告を週刊ポストで見たときは衝撃的でした。当時高校1年でしたが、思わず買ってしまった(笑い)。そして、復帰直後の沖縄を舞台にした大島渚監督の名作『夏の妹』に主演。息をのむほどの美少女でした」

 肌身離さず傍に置きたいという想いから、当時の男子の多くがアイドルのブロマイドを定期入れに入れた。石破氏の場合、アイドル歌手では、南沙織、栗田ひろみ、そして、麻丘めぐみだった。

「麻丘めぐみは、お姫様タイプの典型的な『日本人の可愛い子』。本名は藤井佳代子なのですが……意識しなくても一度読めば忘れません(笑い)。

 歌手以外で定期入れに入れていたのは島田陽子。昭和46年、中学2年生の秋でした。彼女が主演したNET(現テレビ朝日)のドラマ『続・氷点』が大ヒットして話題になりました。私の地元・鳥取ではNETの放送がなかったのだけれど、朝日新聞の『ひと』欄に写真が掲載されて、それが圧倒的に美しかった。もちろん、その記事は今でも持っています(笑い)」

◆石破茂:1957年2月4日生まれ。鳥取県出身。1986年、衆議院議員選挙で初当選。防衛相、農水相、自民党幹事長、内閣府特命担当大臣(国家戦略特別区域担当)兼地方創生担当大臣等を歴任。

※週刊ポスト2016年10月28日号