多くの日本人にとって家や車を買って所有することは「安心の証明」だった。だが、リタイア後の人生を見据えたとき、それらの財産が「足枷」になることはないだろうか。実はそれらの多くは、所有者の気持ち次第で、捨てることが可能なのだ。

 家や車は目に見えるものだけに捨てるイメージを持ちやすいが、意外にも銀行口座が老後の足枷となることには気づきにくい。現役時代の名残で、リタイア後も複数の銀行口座を持ち続けている人は多いが、持ったまま死ぬと、残された子供たちに迷惑をかける。

 地方に離れて住んでいた父親が5年前に他界した、元会社役員の北村利久さん(67・仮名)が語る。

「父が死んですぐに銀行口座も凍結されましたが、それを解除するための手続きは実に面倒でした。何しろ通帳がどこにあるかもわからない。親父の全財産を把握するためだけに何度も実家まで出向くハメになりました」

 約1800件の相談を請け負ってきた遺品整理業経営者・内藤久氏の話。

「故人名義の口座の引き継ぎや解約などの手続きは、残された家族にとって想像以上に面倒な作業です。金融機関から相続届や相続依頼書などを受け取り、故人の戸籍謄本に加え、相続人の戸籍抄本や印鑑登録証明書なども用意しなければなりません。必要書類を全て揃えてそれぞれの金融機関に持参した後、手続きが完了するまで1〜2週間ほどかかるのが一般的です」

 内藤氏によれば、遺品整理時に10冊もの預金通帳が見つかったこともあるという。

 捨てることをためらいがちな銀行口座だが、実はなくてはならないわけではない。例えば年金の受け取りにしても、銀行口座がなくとも郵便局の窓口で現金受け取りが可能だ。

「親の財産を整理した時に面倒だったから、7つもあった口座を一つだけ残して一気に処分した。合わせても20万円しか入ってなかったけど(笑い)。公共料金だってコンビニで払えるから、手数料ばかり取られる銀行口座を持っているのはばからしくなってきた。株券も全部現金に換えたし、そろそろ最後の口座も解約しようかと思っているところ。口座の残高を気にしなくなってせいせいするよ」(69・元公務員)

『定年男のための老前整理』の著者・坂岡洋子氏がこう話す。

「不要なモノを整理することは、余生の過ごし方を考えるなど、残された人生に目を向ける契機になる。ただし、モノを整理するには気力・体力・判断力が欠かせません。そのためにも老いる前に手を付けること。先延ばしにするほど、充実した余生を送るチャンスを逃すことになりかねません」

 立つ鳥跡を濁さず。最高の余生を過ごすために、捨てられるものはとことん捨てるのもいいではないか。

※週刊ポスト2016年9月30日号