PRESIDENT 2014年9月15日号 掲載

■このままでは「人材倒産」に陥りかねない

人手不足の時代に入ったと言われている。帝国データバンクが、2013年12月から今年の1月にかけて行った1万社あまりの企業を対象にした調査でも、正社員について、不足感があると答えた企業が全体の約37%もある。また厚生労働省が6月中旬に発表した労働経済動向調査(平成26年第2四半期)でも、不足と答えた事業所の割合から過剰の割合を引いた、労働者過不足感DIは、消費増税による影響でほんの少し緩和されたものの、18と高止まりしている。6月27日付の日経新聞(夕刊)によると、5月の有効求人倍率は1.09倍、完全失業率も3.5%である。

さらに業種や地域などによってはより強い人手不足感がある。上記のDIは、医療・福祉分野で43、運輸・郵便34、建設30などを示し、地方の中小企業などでも状況は厳しい。大阪商工会議所が6月中旬に発表した調査によると、大商の会員で、資本金10億円以下の企業に調査したところ、1700社強のうち約65%が不足感をもち、そのうち、9割程度が、このままでいくと「事業運営に支障がある」と考えている。一部の小売企業でアルバイト店員不足を理由に、店舗の閉鎖や開店延期などが報道されている。

アベノミクスの効果なのだろうか、日本経済全体が、“突然”人手不足になったようである。少し前まで、多くの企業では、どうやって余剰人員を外部に排出していくのか、また経済全体では、どうやって余剰人材の雇用機会を確保するのかに心を悩ましていたのが嘘のようである。運用資金が回らなくなって事業を続けられなくなるのが、普通の倒産だとすれば、人材が枯渇し事業が回らなくなる「人材倒産」というような事態に陥りかねない勢いである。

もちろん「人材倒産」というのはかなり誇張した言い方である。ただ、多くの企業で、必要な人材が不足して事業の拡大ができない、新たな事業が興せないなど、企業成長が妨げられる事態がみられるようになってきた。現在、人的資源の不足が企業発展の大きな足かせになっている可能性は高いのである。私が講演などでこうした話をすると、多くの企業でありうるという反応が聞かれる。みなさんの企業でも思い当たる節はないだろうか。

なぜこうした変化が起こったのだろうか。すでに各所で指摘されているが、大きな背景は労働人口の減少である。いわゆる生産年齢人口(15〜64歳)は、ここ20年程度減少を続けており、人口全体に占める働く可能性のある人の割合は減り続けている。またそのうち実際に働いている労働力人口も減少している。こうした潜在的な労働力不足はここしばらく進行していたが、景気低迷のせいで、問題にならなかったということなのである。人口動態というのは多くの統計指標のなかで、最も早くから予測可能で、また予測が間違わないという意味で、信頼性のある指標である。長い間確実に進行していたトレンドが、今回の景気回復で一気に問題化した点は否めない。

ただ、私は、こうした労働人口のトレンドだけが理由ではないように思う。こうした大きな流れとともに、過去25年ほどで企業の人材確保能力が大きく低下し、その結果として多くの企業では、経営に必要な人材の確保が難しい事態に陥っているのではないかと思うのである。その意味で、懸念すべきは単なる人手不足ではなく、「人材不足」と呼ぶべき事態なのである。

人材不足とは、単に人手が足りないという数的不足だけを意味するのではない。必要な場面で必要なスキルとモチベーションを備えた人材を確保できない、という質の問題である。したがって、人材不足は、成長を妨げ、ひいては事業運営そのものに大きな影響を与える可能性をもっている。実際、過去25年間、わが国の経営と人事管理のあり方は大きく変化し、企業の人材確保能力を毀損している。いくつかの例を挙げてみよう。

まず第一が、人件費削減に依存した経営である。例えば、正社員を、パートタイマーや派遣労働者などのコストの安い労働力で代替することによってコストダウンを目指す経営である。その結果、定型的な仕事を低賃金でこなす人材は確保できるようになったが、能力と意欲が高く、重要な仕事を任せられる人材の数が減った。また、同時に残った正社員については、仕事の拡大が行われ、これまでより多くの成果を期待され、労働が強化されてきた状況がある。なかには非正社員がやりきれない仕事を正社員に押し付け、正社員の長時間労働で事業を維持する企業も出てきた。なかでも労働負荷の増大という意味で代表的なのは、中間管理職である。多くの調査によると、ミドルマネジャーの多くは、現在、増加する負荷の下で、成果に追われると同時に、部下の育成やモチベーション管理など、企業の人材確保機能を果たすことができなくなっている。

第二が、企業内の育成環境悪化である。わが国企業の人材育成の基本は、今でも現場育成である。仕事の遂行を通じて、仕事を覚える。それが基本だ。だが、こうした現場育成は体系づけられたものではないことが多く、現場の状態や現場の上司に大きく依存する。言い換えると、状況が人の育成を可能にしない状態では、現場育成は機能しないのである。

ここしばらく企業の現場では、進捗管理が厳しくなり、現場の人員構成はいびつになり、また上記に述べたように中間管理職がマルチプレーヤー化するなかで、人材、特に若手の育成に時間と労力をかける余裕がなくなってきた。また、同時に選抜型人事の考え方が浸透し、集中的に育成投資を受ける人と、そうでない人が明確に分かれ、有能な人だけが育成の対象になるようになってきた。その結果、多くの人にとっては育成機会の減少が起こってきたのである。


続きを読む