世界最大級の音楽ストリーミングサービス「Spotify」が、いよいよ29日に日本上陸を果たした。すでに日本を除く世界59カ国で1億人を超えるユーザーを獲得している、音楽配信の“黒船”が日本に上陸する日がやってきたわけだが、一方で日本には昨年から順次Apple MusicやGoogle Play Musicが進出し、日本の企業によるAWAやLINE MUSICなどのサービスも、日本の音楽ファンの趣向性により深く突っ込んだ独自のサービスを立ち上げている。



 Spotifyはやや出遅れてしまったと見ることもできそうだが、なぜこのタイミングで船出を決めたのか、成功のための秘策は用意しているのか?今回、Spotify ABのChief Strategy Officer 兼 Chief Content Officerであるステファン・ブロム氏、並びにスポティファイジャパンのディレクター ライセンス&レーベルリレーションズの野本晶氏にインタビューする機会を得た。

■なぜ、このタイミングで日本上陸に?

 Spotifyは2009年から将来の日本市場進出を見据え、国内に拠点を構えて足場を固めてきた。2016年秋、ローンチのため機が熟したと判断した要因はどこにあったのだろうか。

「Spotifyはその国、地域でサービスを開始する際、いずれの場合も事前に入念な市場調査を行ってきました。日本ではこちらに同席している野本氏をはじめ、スポティファイジャパンのチームによる献身的な準備活動を得て、日本国内のユーザー動向を汲み上げ、また音楽業界、ハードウェア業界の方々とのパートナーシップも丁寧に構築してきました。皆様からヒアリングをしてきた結果、今日が最適なタイミングであると判断しました。非常によいタイミングだと自負しています。例えば先行するアメリカ市場でも、数年にわたる準備期間をかけてきました。皆様にとって最高のサービスを作り上げるためには万全な下準備が必要なのです。さらにひと言加えさせていただくなら、私たちの日本での長い旅路はまだ始まったばかりです。これからもユーザー、パートナーの声に対して真摯に耳を傾けながら、より上質なサービスにSpotifyを育てていくことの方がむしろ難しいと、気を引き締めています。日本の皆様とも、長いお付き合いをしたいですね」(ブロム氏)

■有料プラン月額980円の理由は?

 Spotifyでは音楽再生中に広告が表示され、モバイル端末ではシャッフル再生、PCでも30日間に15時間以上のリスニングを続けると、以降はランダム再生になる等の制限がある「無料プラン」と、そのフルサービスが快適に使える「有料サービス」の2つが提供される。後者の価格は月額980円(税込)となることが明らかになった。この金額にどのような根拠があったのか、野本氏に聞いてみた。

「事前のユーザー調査とヒアリングを重ねた結果、最適という声が一番多かった金額に設定しました。もちろん、できるだけ安い方がよいという声もありましたが、それよりも多彩な機能を安心して使える価格のバランスが大事という声を多くいただきました。他社様が同等の価格で提供していることも承知ですが、それ以上にユーザーの声を重視したことが理由です」(野本氏)

 日本はSpotifyがサービスを導入する60番目の国だ。日本の音楽シーンは日本語で歌われる歌謡曲だけでなく、洋楽にも関心の高い音楽ファンが多かったり、アニソンやゲーム音楽など独自のカルチャーが育ってきた土壌でもある。またクラシックにジャズなどを愛する玄人志向のファンも多い。世界よりも指向性が多様な音楽ファンの比率が多いと言われることも多い日本音楽シーンの独自性を、ブロム氏はどう見ているのだろうか。

「ビジネス規模や、予測できる売り上げの観点から見れば、日本は世界で2番目に大きな市場と捉えることもできます。その点でも独自性が強く、重視すべきと言えますが、それよりも私たちが重視しているのは、日本の方々はアートへの関心が非常に高く、また音楽に強い愛情を持っているということです。1日の間にとても長い時間、音楽を聴いている方が多くいるという印象を、私自身も持っていて、それはとてもユニークなことと言えます」(ブロム氏)

■日本専門の“キュレーター”を採用

 Spotifyでは約4,000万の音楽作品が聴き放題で楽しめる。邦楽のラインナップも含めて、その規模は今後ますます拡大していくという。日本の音楽ファンの好みにしっかりとフィットするサービスになるよう、日本ローカルであるJ-POPやJ-ROCK、インディーズを含めた日本発信の良質なサウンドがSpotifyのカタログに加わっていく予定だという。

 そして見逃せないのが、Spotifyが誇るキュレーションサービスだ。Spotifyでは世界中に75名を数える音楽ツウの「キュレーター」が在籍し、質の高いプレイリストを日々製作しているのだという。日本でも、日本の音楽ファンの琴線に触れるフレッシュな音楽を詰め込んだプレイリストを提供するために、日本人の専任キュレーターが張り付いている。

「日本のキュレーターは2名います。一人がレコード会社の出身、もう一人がラジオ局で長年キャリアを積んだエキスパートです。今後日本のSpotifyが無事にテイクオフして安定飛行に入れば、さらにキュレーターの数を増やすなどしてサービスを充実させたいと考えています」(野本氏)

 なお、Spotifyの海外版サービスには無く、日本独自のサービスとして新しく起ち上がるメニューに「歌詞表示」がある。Spotifyで楽曲を再生しながら歌詞を見てカラオケも楽しめる。モバイル機器とPC、無料・有料どちらのプランでも利用できる。サービスの概要を野本氏に聞いた。

「Spotifyが独自に開発した歌詞表示のアルゴリズムに、歌詞投稿コミュニティであるプチリリ様(※運営はシンクパワー)のデータを連携させて歌詞を表示しています。洋楽・邦楽ともにSpotifyに公開されている多くの楽曲が広くカバーできていると思います」(野本氏)

■音楽配信に“物販”?その仕組とは

 Spotifyのユニークなサービスに「物販連携」がある。これは一体どのようなものなのだろうか。

「Spotifyが音楽文化の発展に貢献したいという強い思いから実装した機能です。例えばあるアーティストのページに試聴できる楽曲が並ぶだけでなく、チケットが予約・購入できたり、オフィシャルグッズを買って様々な音楽体験が広げられるようなイメージです。それぞれのエキスパートであるパートナー企業と組んで、一部地域で先行してこれを実現しています。物販サービスからSpotifyが得る収益はありません。何より音楽文化の発展に寄与するというSpotifyの考え方から、パートナーの方々にSpotifyに参加していただき、何より音楽ファンとアーティストをつなぐ架け橋になりたいと考えているからです」(ブロム氏)

 日本でも一部物販が利用できるようになるという。例えばベビーメタルのページでは、アナログレコードの購入ができるサービスがあると野本氏が紹介してくれた。今後もさまざまなアーティストが参加するようだ。

「これは海外での事例ですが、どんなアーティストにも“スーパ・ファン”と呼ぶべき熱心な方々がいます。Spotifyをご利用いただいているスーパ・ファンからの熱いリクエストを受けて、あるアーティストのライブと組んで、Spotifyユーザー専用の先行チケット販売を実施したこともあります。このサービスが好評を得て、この年末にはいわゆる“ガブリ寄り”のベストシートを先行予約できるプレミアムサービスをSpotifyで実施してみたいと計画しています。同様の仕掛けを日本でも実現できるといいですね」(ブロム氏)

 本日の記者会見では、「Spotifyを通じて、日本のアーティストや音楽文化を世界に向けて発信する役割をSpotifyが担いたい」という言葉を、CEOであるダニエル・エク氏や、スポティファイジャパンの社長である玉木一郎氏などのキーパーソンが繰り返し述べていた。日本の著名アーティストの作品を多くSpotifyに取り込み、グローバルサービスの中で海外に伝えていくことでプラットフォームとしての差別化を図るという考え方も背景にあるのだろうが、一方で日本のインディーズバンドや先端の音楽シーンを世界に発信していくため、Spotifyが独自にアーティストをサポートしていく仕組みも用意されるのだろうか。ブロム氏に訊ねた。

「もちろんです。国際的にコンテンツを展開できる権利を私たちに預けてくれれば、アーティストの支援は可能です。私たちの役割の一つに、日本のミュージックシーンを広く世界に発信していくことがあると考えています。日本のインディーズアーティストの楽曲も世界に向けて紹介していきたいと思っています。自薦による応募もウェルカムだし、良い作品は積極的にプラットフォームに乗せていきたいです。Spotifyが窓口となって受け付けます」(ブロム氏)

「現在Spotifyの中で公開している『Tokyo Rising』というプレイリストには、日本の若く有望なインディーズバンドの作品も含まれています。スターの原石、隠れた名曲を日本のキュレーターが見つけてSotifyにアップしていくということにも力を入れています」(野本氏)

■“音楽会社”としての自負

 これら「Spotifyならでは」の戦略的な取り組みは、確かに国内で先行する音楽配信サービスに対向する切り札になり得るだろう。だが一方で、多少インパクトのある機能を揃えるだけでは、まだ音楽配信サービスの立ち上がり自体がこれからと言われている日本市場で足場を安定させることは難しいだろう。もっと大事なのはSpotifyが日本市場にかける“意気込み”ではないだろうか。ブロム氏の思いを率直に聞いた。

「Spotifyには設立から今まで、ユーザーやアーティスト、より深い音楽文化を理解するために捧げてきた“情熱”があります。音楽ファンの皆様とアーティストをより深く知ることで、さらに素晴らしい体験を提供しながら、音楽が好きな全ての方々をつなぐ架け橋になれると確信しています。他社にもキュレーションサービスを取り込んでいる配信サービスがありますが、おそらくSpotifyのキュレーションサービスはどこにも負けません。時間をかけて練り上げてきたと自負があります。私たちはIT企業ではありません。“音楽の会社”としてのアイデンティティを強く持っています」(ブロム氏)

「私たちが自らの成功を測るうえでの指標としていることの一つに、ユーザーやアーティスト、パートナーをハッピーにすることという目標があります。ユーザーの声を集めていると、1日に2時間以上はSpotifyを使うという方も多くいることがわかってきました。これだけでもある程度の成功を収めることができたと感じていますが、まだまだこれからです。サービスに完璧はありません。終わりなき道のりです。でも、そのプロセスを重視しながら、皆様にとってベストなサービスを妥協せず追求して行くことこそが大事です。無料と有料、二つのサービスモデルを持っていることもSpotifyの独自性だと思いますが、これからも両方のサービスに手を抜かず充実させていきます」(ブロム氏)

 なお日本ではサービス導入当初は“エントリー制”という限定的な形で、オンラインで登録を行ったユーザーに対してサービスを利用するための「招待コード」を配布して、徐々にユーザーを広げていく。このエントリー制というシステムがいつ頃まで続くのだろうか。

「SpotifyにはDiscover Weekという、ユーザーの方の好みを自動学習してプレイリストを紹介する機能があります。学習エンジンの精度を高めて、ある程度安定したと判断できたところ、あるいはその他のサービス全体が軌道に乗ったところで、エントリー制をやめて一般開放することになると思います。もちろん、長くお待たせしないようにしたいと思っています。数週間、長くても数ヶ月ぐらいで開放したいと考えていますので、もう少しだけお待ち下さい」(ブロム氏)

 Spotifyは29日、華々しくローンチイベントを開催し、Spotify ABからはCEOのダニエル・エク氏が駆け付けた。「日本はさまざまな文化が集約された独特なマーケット。その魅力を海外にも発信できるようSpotifyが貢献したいし、日本でのリーダーシップを発揮していきたい」と意気込みを語った。Spotifyが目的として掲げる音楽業界の発展に貢献するビジネスモデルが受け入れられれば、今後は他の音楽配信サービスでは公開されていないアーティストの曲がSpotifyで聴けたり、さまざまなハード機器でSpotifyが使える機会も広がっていくかもしれない。その動向に今後も注目していきたい。