2016年9月23日、宮本雄二・元駐中国大使(日中関係学会会長)は「日中関係と文化交流」と題して東京都内で講演した。「相互理解は文化交流から生まれる。相手の歴史と文化を学べば、相手に対する尊敬につながる」と指摘。単なる「友好協力」の掛け声ではなく、相手に対する尊敬の気持ちがなければならないとし、南宋時代の日中両国の歴史上の相互交流の事例を示した上で、「相互敬愛」を呼びかけた。

安定した日中間の構築は両国の絶対的な国益であり、これをどう実現するかが問題だ。それには、正確な相互理解が必要だが、相互理解は文化交流から生まれる。相手の歴史と文化を学べば、相手に対する尊敬につながる。単なる「友好協力」の掛け声ではなく、相手に対する尊敬の気持ちがなければならない。

日本人は中国の世話になったことを忘れてはならない。京都の東福寺の歴史を学んで感動するのは、無準師範(杭州径山万寿寺の高僧)と弟子の聖一国師(南宋に留学し帰国後東福寺を開山)との師弟を超え、国を超えた相手に対する敬愛の深さである。

無準師範は南宋時代の最も傑出した禅僧である。聖一国師も日本で学ぶべきものは全て学び、新たなものを求めて中国に赴いた。この2人には何か引き合うものがあったのだろう。無準師範はその後も中国から必要な人やものを送り、聖一国師を支援し続けた。聖一国師は無準師範の位牌(いはい)を安置し、開祖として自分だけでなく、無準師範の誕生日を祝うことを命じ、その伝統は今日まで続いている。

隋や唐の時代だけでなく、長きにわたり、特に仏教の交流を通じて、日本は中国から多くのものを学んでいたのだ。聖一国師は中国から茶の種子や麺類、人形などの技術を持ち帰り、日本の産業と文化の進歩に大いに貢献した。このような事例はおびただしいが、日本社会の記憶は薄まっている。これらを思い出し、日本社会は中国に対する「感恩」の気持ちをもう少し取り戻してもいい。

同時に中国社会も、日本の中国侵略だけでなく、日本に対する「恩義」を思い出すべきだ。孫文の国民革命を献身的に支援した多くの日本人がいたこと。日本が悪戦苦闘して導入した西洋の学問は日本人の手で漢字化されて、中国に輸出され中国の近代化に役に立ったこと。日本の敗戦後も中国に残り、中国の現代化に貢献した多くの日本人がいたこと。日中国交正常化後、日本は世界に先駆けて経済協力を行い、実に多くの日本人が中国に対するお詫びの気持ちを持って、改革開放政策の成功のために誠実に力を尽くしたことなどである。

日本と中国は社会として、まず相手に対する「感恩」の気持ちを取り戻すべきだ。これこそが、相手との関係をどう位置付けるかを考える出発点だからである。それが実現した時に、10年前に中国の友人が吐露した中国の将来に対する懸念も、おのずから霧消していることであろう。(八牧浩行)