安倍首相の首相在任日数は、9月30日現在で1741日。来年5月には小泉純一郎元首相の1980日を超えることになる。小泉氏が首相を務めた時期は、靖国神社参拝をきっかけに「日中関係が戦後最悪に冷え込んだ」ともいわれた。そんな時代に、西安外国語大学の学生だった金美子さんがつづった思いは、関係が冷え込む現在にも通じるところがある。以下は、金さんの作文より。

世界にはいろんな人がいる。その人々の容貌はもちろんのこと、性格や習慣も民族によって違う。だから人と人の間に理解が必要なのだ。でも、理解というのは本当に難しい。私はどうしても日本のことが理解できなかった。何で靖国神社へ参拝しなければならないのか、アジア各国で残酷な殺戮(さつりく)と被侵略国の数多くの女性を慰安婦にさせ、戦争を起こし、南京事件や生体実験などで多くの人々を殺した日本帝国主義は絶対に許せない。だから靖国神社への参拝は過去の帝国主義を美化しようとする考えで、アジア各国人民の感情を顧みない行為だから絶対に受け入れられないと思った。

その時の日本政府の靖国神社参拝の立場は、「小泉首相の靖国神社参拝は過去の軍国主義を美化しようとするものではなく、多くの戦没者に敬意と感謝の意を表するためのものである。日本は極東国際軍事裁判の結果を受け入れている」というものだった。私が理解できないのは、アジア各国で騒ぎを引こされることを知っていながら、わざわざ靖国神社へ行く原因だ。植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えたことを認めながら。いくら一人の国民だとしても、総理はどこへ行って何をしても日本を代表している。戦没者への敬意は心の底にしまっておいていたらいいじゃないか。

私はずっとこんな思いをしていた。でも、私の考え方と日本に対する憎しみは平凡な2人の老人によって完全に変わった。

その日本の老人は、自身の手で日本刀を振りかざしながら中国人の首を切り落とした。迷いもためらいもなく、正義の名のもとに合法的に殺人をした。戦争が終わって、理性や人間性をようやく取り戻した時、彼は罪の意識にさいなまれながら生きることがつらかったそうだ。彼の言ったその話は、今でも私の記憶に焼きついている。「軍服についた返り血は、戦争が終わり、軍服を脱ぎ捨てれば忘れることができるけれども、心にはね返った血は生きている限り、決して消えることがないのだ」。

1年後、私は祖父の家に遊びに行く時、見るだけでも孤独を感じられる老人に会った。祖父の話によると、その人は家族も家もないそうだ。家族5人は全員日本人に殺され、今まで一人で過ごしてきたそうだ。私の専攻が日本語だと知った後、私に日本語で話しかけた。

「日本語をよく勉強しなさい。君たちの世代に戦争が起こらないようにね」。私は老人の深い目を見ながら、知らぬ間に涙がいっぱいたまった。それは同情と憎しみの涙だった。私は静かに聞いた。「日本人を恨んでいますか」。すると、彼は何かを思い出すような目で空を眺めながら言った。「私は日本人を恨んだりしていないよ。誰が悪いわけでもない。時代が悪かったのだ。その時代はそんな人や事をつくるのだよ」。

私は老人の話にびっくりした。この2人の老人は、自身で経験して同じつらい生活をしているのだけど、互いに理解して許しながら互いの立場に立って考えたのだ。もし私たちが2人の老人のような思いをしていれば、中国と日本は歴史を越えて互いに理解し、助け合う隣人になる時代がきっと来ると思う。(編集/北田)

※本文は、第三回中国人の日本語作文コンクール受賞作品集「国という枠を越えて」(段躍中編、日本僑報社、2007年)より、金美子さん(西安外国語大学)の作品「理解の力」を編集したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。