2016年10月10日、科技日報は、日本が続々とノーベル賞を受賞できる要因について分析した記事を掲載した。

記事は、米国と比べて地理的にも文化的にも近い日本との比較は非常に意義があるとし、物理や化学、医学・生物学の分野でノーベル賞を受賞している日本の取り組みや経験に学ぶことは、中国にとって有益であると主張する。

まず、日本の場合、大きな科学技術プロジェクトを進める際に、日本政府は大枠で「やる」「やらない」の決定だけを行い、「何をやるか」あるいは「どのようにやるか」には口を挟まない。一方で、中国政府の科学技術管理部門はこれまで、「何をやるか」「どのようにやるか」を非常に気にしてきたという。

記事は、「科学技術の研究における領域、方向性、投資の量、期待できる結果などが最もよく分かっているのは科学者自身であるはず。しかし、わが国では科学者が重大な科学技術政策の決定に関わることは非常に少ない」と指摘。「中国の現在の環境においては、科学者が提案する際に個人の利益が絡む可能性も懸念されるが、科学技術の長期的な発展の視点に立てば、政策の制定は専門家である科学者によってなされるべきである」としている。ただ、この点については改革が進められており、「歓迎すべきこと」としている。

続いて、日本は基礎科学への支援が充実している点を挙げる。「日本もかつては現在の中国のように目先の利益を得ることに走り、応用や成果の転化、投資回収に走った時期もあったが、その後、そのようなやり方は経済に持続的に力を与えることはないと気付いた」と指摘。日本政府が基礎研究に投資した額が1960年代から70年代にかけて約6倍に増加したことや、80年代以降、「技術立国」政策をさらに推し進めたこと、90年代には科学技術庁の予算総額が5000億円を突破したことなどを紹介し、「こうした長期的、持続的な科学研究への投資により、日本の科学者が安心して研究に取り組めた」とその背景を分析している。

制度や文化面でのギャップにも言及する。記事は、中国のハード面での条件は海外と遜色はなくなったものの、社会環境といったソフト面でまだ問題があるとしている。「例えば理研のグローバル化レベルは非常に高く、さまざまな人種の科学者がいて、生活や仕事の面で彼らをサポートする良好なシステムがある」とする。また、米著名評論家のThomas Freedman氏が米国経済の持続的な発展の柱の一つに、ハイテク人材の移民を挙げたことを紹介し、「中国の輸入人材は現在のところ海外留学からの帰国組の中国人に限られている。人材を呼び込むためには、さまざまな面での手続きの簡略化、それに応じたサービスなど、社会環境の整備が必須である」としている。

さらに、日本人の特性だ。記事は、「創造力や想像力は日本人のストロングポイントではなく、冒険精神や批判精神が崇拝されるわけでもない」とし、日本人の科学分野での成功の秘訣(ひけつ)は「厳密さとまじめさ、継続性」にあるとしている。「日本民族は完璧さを追求する。日本人は一生涯一つのことをやり続け、それを徹底的に極めると言われる。科学的な現象や原理を証明するためには、繰り返しさまざまな方法で細かい推敲(すいこう)を重ねなければならない。少しもゆるがせにしない精神は日本の科学者に広く根付いており、成果を焦る現在の中国の状況と相反する」と指摘した。

そして最後に、信用だ。「日本は高度に信用を重んじる社会で、これは科学にさまざまなプラスの影響をもたらす」と記事は指摘する。「研究は一種のイノベーションであり、科学者に対する最も基本的な要求が信用である。一切の誇張や誘導、あいまいさは科学の信用を脅かす」とし、「日本では科学者同士にも誠実さと責任感があり、信用に満ちたグループ協力ができる。一方、現在の中国では誠実さや信用の欠如により、捏造(ねつぞう)や盗用、誇張、権利争いなどが絶えず発生している」と指摘。数年前にSTAP細胞の問題が世間をにぎわせた際には、日本社会全体から関係者に大きな圧力が掛けられたことを紹介し、「日本人は強烈な栄誉感と恥を知る心を有している」とした。

記事は最後に、「中国の現在の科学界には、深刻な誇張や功を焦る雰囲気が広がっている。一部の人間はどんな手を使ってでも、何かを成し遂げれば英雄だと考えている。こうしたことが中国科学界の正常な学術交流と協力を妨げている」と論じている。(翻訳・編集/北田)