今年のノーベル文学賞受賞者が13日発表され、今年は米国人歌手のボブ・ディランが選ばれた。村上春樹氏の多くの作品の中国語翻訳を担当する林少華氏は、ノーベル文学賞に関して、毎年10月にメディアの「質問攻撃」を受けており、「心から村上氏が一日も早くノーベル文学賞を受賞してくれればと思う。そうしてくれないと毎年こうして前祝いをしなきゃいけなくて、本当に大変だ」と冗談交じりにコメントした。人民網が伝えた。

村上ファン以外、どれだけ多くの「野次馬」たちが村上氏の「万年有力候補」という呼び名の話題で盛り上がり、また、どれだけ多くの人たちが、村上氏本人のこの呼び名に対する見方を理解しているのだろうか?実際の村上春樹氏は、もしかするとあなたのイメージとは違うかもしれない。

▼読書好きだった青春時代:ジャズバーのマスターとして自由気ままな日々
村上氏は小さいころから無類の読書好きで、成長していくにつれて、西洋文学にのめり込むようになった。また、のちにしばらくの間、海外で暮らしていた経験もあるため、村上氏の作品には日本的な考えとは敢えてかけ離れた趣もあり、日本人作家でありながら、日本らしくない作品となっている。

村上氏は若い頃、普通の人とは違った自由気ままな日々を送っていた時期もある。大学を中退し、結婚をした後、借金をしてジャズ喫茶をオープン。そして毎日大好きなジャズを思う存分楽しんでいたという。そのジャズ喫茶は、昼間はコーヒーが飲める普通の喫茶店、夜はジャズバーというスタイルだった。

中国の文学青年が読むべき小説の三大作家は、マルグリット・デュラス、張愛玲、村上春樹だという人もいるほどで、村上氏の作品には独特のスタイルがあり、本人の好きなものが密接に関係している。村上氏が好きなものは、洋楽、F・スコット・フィッツジェラルド、レイモンド・カーヴァー、おいしい料理などで、これらはまた文学青年にとっても最愛のものなのだ。

村上氏がジャズ喫茶を経営していた当時の様子はもう目にすることはできないが、ここ最近公開された書斎の写真からは、村上氏の深みのある文学センスをみてとることができる。

▼人生のターニングポイント:神宮球場で思いついた奇抜なアイディア
1978年4月1日午後1時半頃、ジャズ喫茶のマスターだった村上氏はある奇抜なアイディアを思いつき、これが彼の人生を変えるきっかけとなった。

村上氏の回想によると、それはちょうど神宮球場の外野席に座り、一人でビールを飲みながら、野球の試合を観戦していたときだったという。それからというもの、毎日ジャズバーの営業が終わると、村上氏は文房具店で買ってきた万年筆と紙を出し、ジャズを浴びるように聴きながら、自分の孤独と憂いの気持ちをしたためた。

そして29歳のときに、村上氏はデビュー作「風の歌を聴け」を発表し、第22回群像新人文学賞を受賞した。

▼日本を脱出:落ち着いて執筆できる環境を求めて海外に移住
村上氏が有名になると、各種出版社からの仕事の依頼やメディア取材、講演活動などで忙しくなり、執筆活動が思うようにはかどらなくなってしまった。そしてそのような煩わしさから逃れるため、時おり海外で暮らすようになり始めた。

1986年、村上氏は妻とともにヨーロッパに移住し、3年ほど生活した。海外にいるときはほとんど世間とは隔絶した状態で、長編小説の執筆に没頭した。そして村上氏は分厚い原稿用紙の束を持って日本へ帰国したのだが、このときはこの小説が爆発的なヒット作になるとは誰も予想していなかった。その小説が「ノルウェイの森」であり、村上氏が一人の作家から日本を代表する作家に変わるきっかけとなった。

1990年秋、ヨーロッパから帰国した村上氏は、落ち着いて執筆できる環境を求めて、再び荷物をまとめて日本を出て、米ニュージャージー州のプリンストンへ向かった。そこでの滞在期間中に、「国境の南、太陽の西」と「ねじまき鳥クロニクル」を執筆した。

村上氏は、「規則正しい生活のおかげで長年執筆活動を続けられている」と語っている。村上氏はかつてエッセイの中で自分の1日の生活について「毎朝午前4時に起床し、そこから昼までずっと執筆。午後にはジョギングをして、その途中、中古オーディオ店に立ち寄る。午後9時には妻と一緒に家に帰る」とつづっている。

▼受賞逃し続けるノーベル文学賞:あまり関心はない
突然小説家になろうと思ったときと同じく、村上氏は1982年秋にジョギングを始め、それから30年以上続けている。1991年には、フルマラソンを3時間27分で完走という自己ベスト記録を出した。これは5分で1キロを走りきるスピード。あるネットユーザーはこれをネタに「村上春樹はジョギングがこんなに好きだから、『ノーベル文学賞受賞のレースでもただ出走するだけ』という宿命を背負わされてしまったんじゃないの?」とコメントしているほどだ。

しかし、村上氏はそのようには思っていないようだ。ノーベル文学賞受賞とその「万年有力候補」と言われていることに関して村上氏は「ノーベル文学賞を受賞する可能性があるかどうかはわからないが、それ自体に興味はない。私にとって最も大切なのは読者だ。ノーベル文学賞は政治色が強すぎて、あまり関心はない」と語った。

もしノーベル文学賞を受賞したとしても、村上氏にとっては「悪夢」でしかないかもしれない。なぜなら村上氏はかつて、「私は式典やスピーチ、パーティーが一番苦手だ。この3つが合わさるのは私にとっては悪夢以外のなにものでもない」と語ったことがあるからだ。(提供/人民網日本語版・編集YK)