[東京 18日 ロイター] - 大型化する企業のM&A(買収・合併)が、円相場のかく乱要因になっている。日本企業による海外企業のM&Aは、7─9月期に過去最高の約4兆8000億円に達した。過去の為替介入に匹敵するマネーフローが、相場に与える影響は小さくない。潤沢な資金を抱え、成長を海外に求める日本企業は今後も増えるとみられ、市場関係者の注目度は一段と上がりそうだ。

<EU離脱決定後のポンド支えた巨額買収>

歴史的イベントとまで言われた英国国民投票によるEU(欧州連合)離脱決定。しかし、ポンド/円<GBPJPY=>は意外な底堅さをみせた。

離脱決定が判明した6月24日はさすがに売られ、157円から133円まで急落したものの、その後は130円台で下げ渋る展開。7月11日以降は反転し、そこから5営業日で約13円の上昇となった。

市場では、値ごろ感によるポンド買いや自律反発的な動きではないかとの見方があった。だが、7月18日にソフトバンクグループ<9984.T>による英ARMホールディングス<ARM.L>の買収が明らかになる。

金額は日本企業による海外企業の買収として過去最高水準の約3兆3000億円(約240億ポンド)。買収用のポンド買いが進むとの思惑も高まったが、ポンド/円は7月18日の買収発表後、3日ほどかけて約4円上昇しただけだった。

そこで、市場ではある思惑が浮上した。「発表前から買収用のフローが入っていたのではないか」(ブローカー)との見方だ。

ソフトバンクは「為替巧者」で知られる。2013年に米スプリントを約200億ドルで買収した際は、買収資金を1ドル82円20銭で予約。アベノミクスが始まって、91円近くまで円安が進み、2000億円近く節約できたと、孫正義社長が同年1月の会見で語っている。

市場の見方通りなら、今回も英国民投票前には157円だったポンドを、130円台で買えたことになる。

<「片道切符」のM&Aフロー>

最近の日本企業による海外M&Aは、大型化が顕著になっている。黒田東彦日銀総裁が財務官だった2000年に年間3兆1732億円、01年に同3兆2107億円の外貨買い/円売り介入が実施された。今回のソフトバンクによる買収は、それに匹敵する。

ソフトバンクだけでなく、今月5日に発表されたSOMPOホールディングス<8630.T>の米エンデュランス・スペシャルティ・ホールディングス<ENH.N>買収は約6394億円にのぼった。保険会社の過去最大の海外M&A案件だった昨年の東京海上ホールディングス<8766.T>による米社の買収(75億ドル)に次ぐ規模だ。

1日あたり平均500兆円超とされる世界の為替取引量に比べれば、M&Aのフローは小さく、トレンドを変えるものではないというのが一般的な見方だ。手元の外貨預金や外貨建て融資などを活用する場合もあり、海外M&Aの買収額がそのまま外貨買い/円売りとならないケースも多い。

しかし、ドルよりも市場規模が小さいポンドなどに対しては、巨額M&Aのフローは大きな影響力を持つ。事業法人の海外M&Aは、為替ヘッジなしで行われることが多いとされ「フローも片道切符のため、相場に一定の影響を与える」(外為どっとコム総合研究所・調査部長、神田卓也氏)という。

ソフトバンクは、みずほ銀行からの借入限度額1兆円のブリッジローンと手元資金で買収資金を賄った。ブリッジローン、手元資金のほとんどを円から英ポンドに転換したとされる。マーケットでは、「ブレグジット」決定後のポンドの底堅さを演出する影響力を見せたとそのパワーに注目が集まった。そして、そのパワーの大きさが一定のタイムラグを伴って鮮明になった。

10月7日早朝(東京時間)、ポンドは131円付近から124円まで急落する場面があった。ソフトバンクによる買収フローが市場から姿を消し、ポンドの買いが乏しくなたことも一因とみる向きもある。

<377兆円のジャパンマネー>

トムソン・ロイターによると、2015年の日本企業による海外M&Aにおける買収総額は、約11兆円で過去最高。その反動もあり、2016年上期は金額ベースで前年同期比6割以上の減少となったが、ソフトバンクなどの巨額買収で、9月までに前年同期比9.4%減までペースアップしている。

今年の動向をみると、円高がM&Aを活発化させるとの見方は早計のようだ。みずほ銀行のチーフ・マーケットエコノミスト、唐鎌大輔氏は「円高で買えるようになったものがあるという側面はあると思うが、それが一番の理由ではない」と指摘する。

ただ「そもそも日本市場が縮小しつつある中で、海外に活路を開く状況は変わらないので、今後も海外M&Aは増えるだろう。そこで為替が有利になっていくことは、後押しになり得る」と話す。

財務省の法人企業統計調査によると、2015年度の利益剰余金(内部留保)は前年度比6.6%増の377兆8689億円(金融・保険業を除く)と過去最高水準。円高だけではなく、潤沢な内部留保が企業のM&A意欲を支えている。

アベノミクスがスタートして3年余りが経過した。しかし、国内消費などに成長期待は乏しい。日本企業の海外でのM&A意欲は、さらに高まる可能性を秘めている。日本発のマネーフローが市場変動の大きな要因の1つとして、ますます意識される存在になりそうだ。

(杉山健太郎 編集:伊賀大記 田巻一彦)