Andrew R.C. Marshall and John Chalmers

[マニラ 7日 ロイター] - マニラの輪タク運転手、ネプタリ・セレスティーノさんの死をめぐっては、2通りの主張がある。フィリピン警察は、9月12日におとり捜査を進めていた私服警察官に対してセレスティーノさんが発砲してきたため、警察官らが反撃したと説明している。

一方、セレステイーノさんの家族は、警察官が彼らの粗末な家に押し入り、丸腰のセレスティーノさんを追い詰めて、10代の息子たちの面前で射殺したと主張する。

どちらが正しいにせよ、セレスティーノさんの命はそう長くなかったようだ。というのも、彼が暮らす首都マニラの東側にある騒々しく車通りの多いパラティウ地区で、警察が地元の有力者らの協力を得て作成した麻薬容疑者の「要注意リスト」に彼の名前が挙がっていたからだ。

ドゥテルテ大統領が6月30日に就任して以来、3600人以上の死者を出すに至った「麻薬戦争」において下働き役を務めているのが、警察による容疑者リスト作成を支援するそうした地元の人々である。

ロナルド・デラロサ国家警察長官によれば、警察によって射殺された1377人の大半はこのリストに含まれているという。残りの2275人の犠牲者は、人権活動家によればほとんどが自警団によって殺されているというが、このリストに掲載されているかどうかは不明だ。

この麻薬撲滅作戦の旗を振っているのはドゥテルテ大統領自身である。先月30日、彼はまるで自分をヒトラーになぞらえるかのように、「(フィリピン国内の麻薬中毒者300万人を)抹殺できたら幸せだろう」と述べた。だがこの作戦の効率は、国内のバランガイ、つまり地区や村における最底辺の地元職員らにかかっている。

「彼らはこの戦いの最前線にいる」とデラロサ長官はロイターに語った。「彼らは、自分のバランガイにいる麻薬常用者や密売人を特定できる。全員の顔を知っている」

<バイクに乗った暗殺者>

地元警察や、住民、バランガイ職員へのインタビューを通じて、この麻薬撲滅という「聖戦」の仕組みが明らかになった。高い支持率を誇るドゥテルテ大統領は、世界的な非難に直面しつつも、この作戦を来年6月まで続けると公約している。

警察によれば、容疑者リストの作成にあたっては、「キャプテン」と呼ばれるバランガイの首長が役に立っているという。

マリカー・アシロ・ビベロ氏は、マニラのバランガイの1つ、人口約14万5000人のピナグブハタンのキャプテンを務めており、ドゥテルテ大統領が率いる麻薬撲滅作戦の熱心な支持者だ。

「麻薬戦争は正しい」と彼女は言う。「犯罪は減っているし、更生したいと思っている人が特定される」

その前の晩、オートバイに乗った暗殺者が、同バランガイの容疑者リストで「密売人」と指定されている男性2人を殺害した、とビベロ氏は言う。彼女は、犠牲者の家族には同情するが、2人の死については責任を感じていないという。

このリストに人々の名を掲載する目的は、「彼らを殺害する、あるいは警察又は当局に彼らの殺害を依頼すること」ではない、とビベロ氏は言う。「目的は、彼らを導き、彼らの生活をもっとよい方向へと向けることで、殺すことではない」

リストに名前が掲載された人々は、殺される可能性が高くなるのかとの質問に対して、同氏は「そうは思わない」と回答した。

ロイターは、プリントアウトされたピナグブハタン地区の容疑者リストを見たが、そこには323人の麻薬常用者や密売容疑者が記載されていた。「自首」と呼ばれる手続を通じて、自分が麻薬常用者であることを警察に申し出るためにバランガイの事務所にすでに出頭した人々もいたので、そのリストは長大なものになっていた。

<地域の中心的役割>

バランガイの起源は16世紀のスペイン人来航以前までさかのぼる。その規模は、マニラでは人口稠密な街路2本だけで構成されることもあれば、郊外では何マイルにもわたって広がっていることもある。

各バランガイにはキャプテンと6人のカガワッド(評議員)がいる。カガワッドは選挙で選ばれるが、不正が告発されることも多い。フィリピンにおけるもっと高い地位と同じように、バランガイのキャプテンの地位も、同族のあいだで受け継がれることが多い。

バランガイの事務所はコミュニティの中心部にあり、どんな日でも、その廊下はいわゆる「決裁」を求める人々でごった返している。つまり、住宅の建設、企業設立、就職、子どもの地元の学校への入学といった目的のための書類にキャプテンのサインが必要なのだ。

11年にわたってパラティウ地区のキャプテンを務めていたエリベルト・ゲバラ氏は、「人々は以前よりも私たちを頼りにしており、迅速に対応するよう求められている」と話す。彼は現在、キャプテンを継いだ彼の妻を補佐している。

<地域が名前を提供>

警察が各地区で麻薬密売人・常用者を特定するうえで重要な支援を提供しているのが、バランガイ麻薬撲滅行動委員会(BADAC)である。

各BADACは、委員長を兼任するキャプテンが選んだ6─10人の委員で構成される。教師や教会関係者、青年指導者、その他の市民団体のメンバーなどである。

各BADACは、警察が「麻薬関係者」と呼ぶ人々、つまり常用・密売の容疑者の名前を提供する。そのほとんどは微罪だ。警察によれば、その後、全国規模の麻薬対策・情報機関担当者との協議を経て、これらの名前を「確認」するという。警察が独自に名前を追加することもある。

1998年に初めて政府により創設されたBADACは、当初、毎月招集されることになっていたが、多くのBADACは何年にもわたってほとんど開催されず、机上の存在と化していた。ドゥテルテ大統領は、単にBADACを復活させるだけでなく、それを麻薬撲滅作戦の要の位置に据えたのである。

ドゥテルテ大統領は、彼が22年間にわたって市長を務めたダバオ市において麻薬撲滅作戦を全国に先んじて推進していた。

人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチの2009年の報告書によれば、ダバオ市では、バランガイの首長と警察が同じようなリストを作成。これを基にして、数百人もの麻薬密売の容疑者、軽犯罪者、ストリートチルドレンが暗殺部隊によって殺害されたという。ドゥテルテ大統領は、これらの殺害のいずれについても関与を否定している。

<乱用されやすいシステム>

当局者は、容疑者リストは恣意的な殺害のためのリストではないと話している。

麻薬戦争による殺人のうち、その4分の1以上が発生したマニラ首都圏を地域を担当する警察広報官であるキンバリー・モリタス氏は、同地域における1万1000名の容疑者リストは、「情報機関により繰り返し検証が行われている」と語る。

人権擁護団体や一部の当局者からは、このプロセスは乱用されやすいという批判が出ている。

フィリピン人権委員会のカレン・ゴメスダンピット委員は、リストには「密売人どころか、麻薬常用者ですらない」人の名前まで含まれていると指摘。「誰かに恨みを抱いていて銃を持っている人に、相手を殺しに行くことを促すような環境だ」と語る。

警察はロイターの取材に対し、容疑者リストの機密は保持されていると話している。だが、警察が麻薬関連容疑者の家を訪問して素行を改めるよう促す、いわゆる「訪問と説得」作戦が行われている以上、リストに掲載されていることは世間に知られてしまう。

バランガイの会合において麻薬密売人・常用者に警察への「自首」を促すこともあり、ここでもやはり情報は公開されてしまう。彼らの名前はリストに追加されるのだ。

これは大量検挙のプロセスと似ている。いわゆる「自首者」は警察による尋問を受け、取引のある密売人や仲間の常用者について聞かれる。ここで得られた情報は、他の麻薬関連容疑者を特定するために活用できる。自首者の名前はその後全国規模のデータベースに追加されるので、他のバランガイに転居しても監視される可能性がある。

<「変わろうとしていた」>

元バランガイのキャプテンだったゲバラ氏は、輪タク運転手セレスティーノさんの殺害を回避しようと努めたという。「彼は容疑者リストに載っていたから、危険な立場にあった」と彼は言う。

セレスティーノさんは殺害される3日前、警察とバランガイ職員が主催する3時間の「麻薬啓発」セミナーに出席していた。「変わろうとする彼の意志の現れだった」とゲバラ氏は言う。

セレスティーノさんの4人の子どもの1人であるジョンパトリック・セレスティーノさん(17)は、身震いしながら父親が亡くなった夜の記憶を語ってくれた。

午後9時頃、犬たちが吠え始めた。ドアのところに武装した男たちがいて、ジョンパトリックさんに携帯電話に表示された写真を見せ、「これは君の父親か」と尋ねた。

彼が「そうだ」と答えると、男たちは2階に駆け上がり、セレスティーノさんが隠れていた小部屋のドアを蹴破ったという。

彼らに続いて部屋に入ったジョンパトリックさんによると、「男たちは『シャブはどこだ、シャブはどこだ』と叫び続けていた」という。「シャブ」とは、習慣性が非常に高いドラッグである結晶メタンフェタミンの現地名で、フィリピンに広く出回っている。

ジョンパトリックさんは男たちに、父親は丸腰だといい、撃たないでくれと懇願した。だが銃を持った男の1人が室内に向けて3発発砲し、父親が苦痛に呻く声が聞こえた。

男たちはジョンパトリックさんにその場を離れるよう命じ、彼が1階に駆け下りると、さらに5発の銃声が聞こえた。

警察は、セレスティーノさんが22口径の回転式拳銃と「シャブ」の小袋3つを所持していたと発表した。

<食い違う主張>

妻のザンディさん(38)は、それは事実ではないと言う。「夫はすでに自首していた。それなのに、どうして彼を殺したのだろう。なぜもう一度チャンスを与えなかったのだろう」と彼女は問いかける。

セレスティーノさんの棺の周囲に座った親族たちは、他の一族とのあいだで長年にわたる確執があり、彼らがセレスティーノさんは麻薬の密売人であると警察に告発したのだろうとロイターに語った。ロイターでは、この主張を独自に確認することができなかった。

マニラ東警察区のRomulo Sapitula警視正によれば、確かにリスト上ではセレスティーノさんが麻薬密売人と記載されていたという。「情報の出所は地元の地域社会だ」と彼は言う。「バランガイの職員から提供された情報を、警察が検証している」

同警視正は、発見されたというドラッグはセレスティーノさんの遺体に故意に仕組まれたものだという家族の主張を一蹴した。内部調査では、セレスティーノさんが「射撃することを選んだ」ために、警察は正当防衛として撃ったという結論になったという。

Sapitula警視正は、家族は恐れることなく、正式に苦情を提出するべきだ語る。ただし、「彼らが潔白であり」犯罪活動に手を染めていない場合に限られる、と付け加えた。

セレスティーノさんの親族はロイターに対し、身内を殺したのと同じ人間に苦情を申し立てても意味はない、と語った。妻ザンディさんは、子どもの身の安全だけでなく、大家族の他のメンバーで、夫同様にすでに当局に「自首」している者にまで累が及ぶのではないかと心配している。

ザンディさんによれば、19歳になる息子のセドリックさんは、父親を殺されたトラウマで話すことができなくなったという。

(翻訳:エァクレーレン)