Webの検索履歴や閲覧履歴、ECサイトの購入履歴をもとに、自分に向けて最適化された広告がどんどん表示される。PCを見ているときも、スマホを見ているときも、はたまたSNSを開いているときにも、それはずっと後をつけてくる……。Webの履歴が行動データとして取得され、解析に使われていることをなんとなくは知っていても、「正直、気持ち悪いなぁ」と感じている人が多いのではないでしょうか。

行動データやアクセス解析は、どこまで自分のプライバシーをつかんでいるのか。悪用される恐れはないのか。そんな疑問を専門家にぶつけてみました。小川卓さんはマイクロソフトやリクルート、アマゾンジャパンなどでウェブアナリストとして勤務してきた経歴を持つ、この領域の第一人者。『あなたのアクセスはいつも誰かに見られている』(扶桑社新書)という著書も発表しています。今日アクセスしたサイトの先で、どんなことが行われているのか。その裏側に迫ります。

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小川卓さん
ロンドン大学(UCL)、早稲田大学大学院卒業。ウェブアナリストとしてマイクロソフト、ウェブマネー、リクルート、サイバーエージェント、アマゾンジャパンで勤務。ブログ「Real Analytics」を2008年より運営。全国各地で講演を年20回以上実施。主な著書に『入門ウェブ分析論』(ソフトバンククリエイティブ)、『ウェブ分析レポーティング講座』(翔泳社)、『あなたのアクセスはいつも誰かに見られている』(扶桑社新書)などがある。アクセス解析イニシアチブプログラム委員、eVar7(アドビアナリティクスユーザー会)幹事、ウェブ解析士協会顧問、デジタルハリウッド大学大学院客員教授、株式会社UNCOVER TRUTH CAO、Faber Company CAO、株式会社SoZo最高分析責任者としても活躍中。
公式サイト:http://takuogawa.com

大切なのは「個人情報と行動データの線引き」を理解すること

――小川さんは、日ごろから行動データやアクセス解析に携わる実務者に対して、コンサルティングをされているとのことですが、今回、広く一般向けにこのテーマを解説する本を書いたのはどうしてですか?

小川:「ビッグデータ」「データサイエンティスト」「AI」「機械学習」などと、データにまつわる専門用語がどんどん広まるに連れて、行動データやアクセス解析についての認識も深まってきていると感じています。皆さん、なんとなく「自分のアクセス履歴は分析されているんだろうな」という感覚を持っている。一方で、「何か俺、狙われてる?」みたいな、仕組みが分からないことによる不安感や気持ち悪さも、多くの人が抱いているのではないかと思うんですよね。

長年この分野に携わってきた人間としては、ある種のガイドラインのようなものを提示したいという思いがありました。単純にアクセス履歴を解析する「行動データ」と、住所や氏名などを収集する「個人情報」には明確な違いがありますし、その線引きも示したかった。実際にデータを活用することでさまざまなサービスが進化し、ユーザーも知らず知らずに恩恵を受けています。そのことを理解してもらうため、ユーザーとしてどのように向き合っていくべきかを伝えるために、できるだけわかりやすく解説したつもりです。

――「個人情報と行動データの線引き」とは、いったいどういうことなのでしょうか。

小川:行動データを解析すれば、その人の志向や趣味、場合によっては思想・信条なども掴めます。それらは基本的に匿名で収集されているので、「日本にいる誰か」というレベルの情報でしかありません。ただ、こうした情報が個人情報と結びつけられると、「小川卓はこんなモノをよく買っていて、こんな人を支持していて……」と、身近な人にも打ち明けたことがないようなことまで明らかにされてしまいます。

とはいえ、基本的には行動データと個人情報が紐付けられるケースはほとんどありません。情報を取り扱う企業にとっても、リスクが大きいんですよ。明確なプライバシーポリシーだけでなく、セキュアな環境での情報管理という投資も必要。企業にとって、個人情報の収集は「かなり面倒」なタスクとリスクを増やすことにつながります。しっかりと戦略を持って、正しくビジネスに活用するという観点がなければ踏み出せません。

ですから、行動データを解析されていること自体は、恐れることはないんです。本当に気をつけるべきは個人情報の管理。これが、ネットを活用する上での基本原則ですね。

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「捨てアド」の裏技も。個人情報の管理で気をつけたいこととは

――小川さんご自身は個人情報を管理するにあたって、どんなことに気をつけていますか?

小川:新しく個人情報を入力することはできるだけ避けて、代替手段があればそれを優先するようにしています。Amazonペイメントによる支払いや、Facebookアカウントでログインできる場合は、なるべくそれらを使う。「無駄に自分の個人情報を広めない」ことを意識していますね。住所を入力する際も、建物名をあえて書かないこともあります。

細かいテクニックとしては、「メアドを使い分ける」ことも実践しています。ちょっと怪しいかも……と感じるサイトへの登録は「捨てアド」を使うんです。例えばGmailの場合、@の前に「ドット」や「プラス」の記号を含めても、同じメールボックスに届きます。「abcdefg@gmail.com」も「abc.defg@gmail.com」も「abc+defg@gmail.com」も、一つのメールボックスで受信でき、かつどのアドレスに送られたかを見分けられるんですね。本アドと捨てアドを使い分けることで、万が一どこかが悪いことをしている場合にも特定できる。承諾していないのに届く広告メールなどは、フィルタリングで対処しつつ、大元の登録先を特定できます。これはGoogleアカウントの「エイリアス」の設定で解説されています。

――個人情報の管理に気をつけるべきだというのはわかるのですが、行動データは自分が意識しないところで収集されていますよね。そもそもこれは何のためなのでしょうか。

小川:行動データを企業が解析しているのは、基本的にはユーザーへより良いサービスを提供するためなんです。私が以前所属していたAmazonでも、徹底したユーザー視点で行動データを利用し、サービス開発につなげていました。私自身は行動データ解析を元にして、出品者様に対してメールや管理画面などで情報提供を自動化する仕組みの提供を行っていました。「この商品を出品するなら、これもセットにしたほうがいい」とか、合わせ買い対象商品の組み直し、値段の見直しなどですね。行動データを分析できるからこそ、出品者様への適切なアドバイスができるようになります。結果的に、ユーザーの「お得」や「便利」につながっていくんです。

行動データの解析によって、ユーザーのニーズを、事前に予測できる世界になりつつあります。究極的にはECサイトが昔懐かしい御用聞きのお店のように、「今日あたり醤油が切れるはず」と予想して、「注文される前に商品を届ける」ことができるようになるかもしれません。

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検索や動画サイト視聴履歴をもとに、ECサイトが「進化」する

――企業にとって行動データは、他にどのような活用の仕方があるのでしょうか。

小川:男性向けの有名アクセサリーブランドを扱う、とあるサイトの例をご紹介しましょう。基本的には男性からの閲覧が多いのですが、12月のデータを見ると売り上げは女性のほうが多いんです。これは、クリスマスプレゼント用途でたくさん利用されていることを示しています。また、サイトの滞在時間は通常であれば「購入」までたどり着くまでに長くなるものですが、12月はプレゼントしたい商品を決めている女性が多いので、短くなります。サイトの担当者としてこうしたデータを眺めていれば、トップページに「男性が喜ぶプレゼントベスト10」など、どんなコンテンツを出せばいいのかがわかりますよね。

また私が社外取締役を勤めている「UNCOVER TRUTH」が提供している「USERDIVE」というヒートマップツールを活用すると、ユーザーがどんな順番でサイト内のコンテンツを見ているか、どこまでスクロールしているか、どのフォームの入力に苦労しているかという実例がわかるんです。言い方は悪いですが、匿名の監視カメラのようなものですね。このデータは、サイトをより使いやすいものに変えていくために活かされます。

――ユーザーとしてはただ漫然とサイトを見ているだけのつもりでも、いろいろな情報が記録されているんですね……。

小川:まさに「行動データ」ですね。Googleについては、アカウントを持っていれば自分でも確認できるんですよ。アカウント情報の「広告設定を管理」という画面で、検索やYouTubeの視聴履歴などから、Googleが分析した自分のペルソナ情報を見ることができます。性別や年齢のほかに、興味のある分野を「トピック」としてGoogleが予測しているんです。私の場合は結構当たっていて、驚きました。こうしたペルソナ情報が広告配信やGoogle Analyticsを活用した分析に利用されています。

変わるべき企業と、オープンになるべき個人

――検索やサイト閲覧の履歴以外にも、アプリの位置情報やSNSで流れてくる「○○診断」の類いなどと、どこまで手を出していいのかわかりづらいサービスも多いように思います。意識せずにいろいろなサービスを使っている人は「情報弱者だ」なんて言われてしまうこともあります。

小川:「情報強者であれ」と言われても、ほとんどの人は困ってしまいますよね。確かにアプリの位置情報データがあれば、その人がその日、どこに行ったのか、すべて追いかけることもできます。けれど、ユーザーとしてすべての位置情報をオフにすればいいというわけでもない。自分が享受できる利便性とトレードオフの関係ですからね。位置情報を共有しなければ、「ポケモンGO」のようなゲームもプレイできないんです。

サービスを提供する企業としては、ユーザーが安心して使えるように、伝える努力をしなければいけないと思います。行動データの取得目的や、ユーザーから情報提供を許可する・しないの設定方法を、もっとわかりやすく明示してほしいと思うサービスもたくさんあると感じます。

――リターゲティング広告で、「同じ広告がずっと表示されているな」と感じることも多いです。

小川:「広告に追いかけられているな」と思うことも多いですよね(笑)。それは企業側の設定の問題だと思います。きちんとターゲティング設定がされていないということ。運用側が正しく設定すれば防げるのですが、正直なところかなり手間がかかるのも事実です。私は「このジャンルの最新情報が見たい」「こういう広告は見たくない」など、広告の設定条件を今まで以上に分かりやすい形でユーザー側に選択させて欲しいと感じています。オフラインとオンラインの連携がコントロールされていないことも気になります。とある商品をオフラインで購入後、ずっとその広告が表示されるということもある。長い目で見れば、企業イメージの低下にもなりかねないですよね。

――ある意味では、企業と個人の双方が行動データやアクセス解析を使いこなせていない状況なのかもしれませんね。今後、どのように変わっていくのでしょうか。

小川:ユーザーの利便性を損ねる可能性がある手法は、結果的に淘汰されていくと思います。広告をコンテンツのように見せる「ネイティブアド」の問題もそうでしたね。ユーザーに誤解を与えないように、コンテンツ制作の現場では、ここ1、2年で「PR表記」に対する意識がかなり高まりました。ポップアップでアクセスさせる手法や、うっかりタップを誘うスマホのバナーなどもありますが、クリック回数という目の前の数値ではなく、最終的な売上などの広告効果が薄ければ消えていくでしょう。自然と、ユーザーに受け入れられた手法だけが残っていくのだと思います。

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行動データは、家探しや転職、結婚にも活用できる!?

――行動データやアクセス解析の進化によって今後期待できるのは、どんなことでしょうか。

小川:レコメンドで言うと、近すぎるものばかり紹介しても意外性がなくて、つまらないですよね。「えっ、この本を勧めてくるか!?」といった意外性の要素をどう入れるか。もしかしたらそれは人間の力かもしれません。分析は機械にやってもらえばいい。でも機械が明確な答えを教えてくれるわけではありません。行動データを活用し、人間が解釈することで、思わぬ出会いを作り出すことができます。これが進化していけば、どんどん世の中は面白くなると思います。

レコメンド機能が進化することで、「選ぶのが面倒」なこともどんどん楽になっていくはずです。私は以前、リクルート在籍時に住宅情報サービスである「SUUMO」で分析に携わっていましたが、家探しもまさにそのひとつ。私が理想的だと思う家探しは、「あなたの今までの行動データをもとに理想の一軒を見つけますよ!」というもの。「この人はグルメだな」とか、「この人は子育てを頑張っているんだな」とか、行動データで推測できる家探しのニーズはたくさんあるはずですよね。

ユーザー側がもっともっと行動データをオープンにすれば、理想のプロダクトがたくさん生まれてくるのではないでしょうか。転職もそうかもしれない。企業規模や条件などのハードデータだけではなく、その人の感性と合いそうな風土を持つ企業を、選択肢のひとつとして紹介できるようになるかもしれません。

――もしかすると、理想の結婚相手も行動データによってマッチングしてもらえるようになるかもしれませんね。

小川:あり得ると思いますよ。SNSが個人のもうひとつの人格として機能している時代なので、そこから分析できるデータによって理想の結婚相手を紹介することも可能でしょう。

――企業やサービスがより安心できる環境を作り、技術がどんどん進んでいけば、あとは行動データに関する個人の意識がどう変わっていくのかが鍵となりそうですね。

小川:いろいろな考え方を持つ人がいると思います。「そこまで自分の行動を見られて分析されるのは、やっぱり気持ち悪い」と感じる人も多いかもしれない。それなら、「それを希望しない」という選択肢があればいい。

私自身は、もっと割り切ればいいと考えています。匿名のひとりとして自分の行動をオープンにすれば、世の中はどんどん便利になっていく。そこに期待しています。街の風景で目に入る広告も、もしかしたら見る人によって違ってくるかもしれませんね。行動データとアクセス解析の可能性は、まだまだ広がっていくと思います。

WRITING:多田慎介+プレスラボ PHOTO:安井信介