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殿村美樹(とのむら みき)

1961年、京都府生まれ。 大学卒業後、広告代理店に入社。結婚を機に系列のPR会社に転職。89年、独立。93年、「佐世保バーガー」をPRプロデュース。95年、日本漢字能力検定協会から依頼を受け「漢字の復興」をテーマに「今年の漢字」を企画プロデュース。2007年、滋賀県からの依頼で「彦根城築城400年祭」をPR。ゆるキャラ「ひこにゃん」を主役に据えることで全国的な注目を集めた。2011年、「うどん県、それだけじゃない香川県」をPRプロデュース。株式会社TMオフィス代表。



「今年の漢字」も「うどん県」も
「ひこにゃん」も「佐世保バーガー」も、
この人が火をつけたもの。
PRプロデューサー・殿村美樹氏が
次に仕掛けようとしているのは、
あの「桜えび」だ。

「ほめてほめてほめまくる」でブームの火をつける

私がやっているPRの仕事で、一番大切なのは「ほめてほめてほめまくる」ことです。“あなたのやってることはすごいんだよ”って、当事者の皆さんをほめる。そうやって彼ら自身に動いてもらわなくては、ブームは生まれない。

というのは、私たち外部の人間が「これがすごいんです」とつくったものを押しつけても地域になじまないんですね。「ブームは一過性のもの」と言われるのはそのためです。東京のえらい先生がドンと形を作って地域に当てはめる、それだと一瞬で終わるんです。

私は、もともと地域にあったものに光を当て、その価値に気づいてもらい、人が自ら動きだす仕組みをつくることでブームを作ってきました。そうして地域の人たちが自信を持って大切に育むから、ブームが続いていく。「ひこにゃん」も「佐世保バーガー」も「今年の漢字」も、私が火をつけたものは1つも消えていない。それが私の自慢なんです。

最近になって芽が出てきたのは、静岡市の桜えびです。全国的な人口減少、いずれリニア新幹線が通れば静岡は寂れてしまうかもしれない、ということで、危機感を持った市から依頼をいただいたものです。静岡といえば、富士山にお茶。でも、それでは当たり前すぎますよね。新たに発掘できるものを探したら、桜えびがありました。

よくよく調べると、世界で桜えびがとれるのは台湾と静岡だけなんです。もっと調べたら、生で食べられるのは静岡だけ。本当のオンリーワンです。しかもちっちゃくてかわいくて、ピンク色でハッピーカラー、これはインバウンドに受けいれられると私は確信してるんです。

でも、この身近すぎる食材の価値を、地元の人たちは全く気づいていませんでした。市長さんですらポカンとしてましたよ。「小さ過ぎる」って。魚売り場でも、一番目立つところに置かれていたのは桜えびじゃなく、日本海で捕れたカニ、でしたからね。地元新聞も、「今年は収穫量が少ない」といって桜えびを叩いてばかり。漁師さんたちも自信を失っていました。そこで、「ほめてほめてほめまくる」わけです。

といっても、私みたいなおばさんがほめても仕方がない(笑)。そこはマスコミの力をお借りします。いろいろやりましたが、例えば、漁のスタートに合わせてきちんと説明する場を設けました。漁協の組合長さんに出てきてもらい、獲れたての桜えびをザルにあげて、その場でメディアの人たちに試食してもらった。それだけのことを、これまではしてこなかったんですね。

今まで悪口ばっかり書いてた新聞も態度がコロっと変わりました。大手通信社が全国に記事を飛ばしてくれて、検索サイトのトップ記事にも「静岡の桜えび」がどんと出た。そしたら、当然注目されますよ。テレビの取材も受けているうちに、誰よりも静岡の皆さんが「桜えび、いいかも」となる。まず漁師さんがやる気になる。飲食店もやる気になるし、仲買人もやる気になる。観光業界が動き出し、産業界も動き出す。私は火をつけただけ、彼らが自ら、動いているんです。

そしたらしばらくしてローソンが、「ご当地唐揚げ」という企画の東海版に、「桜えび味」を採用してくれました。私が持ちかけたわけではなくて、ただの偶然です。でも、人が自ら動き、その輪が広がっていくと、こういうことが起きるんです。

阪神淡路大震災のとき「自分に何ができるのか」考えた

私がずっとやってきたのは、「地方」と「文化」のPRです。昔からPR業界では地方を相手にするなんて自殺行為だと言われています。とにかく予算がない、儲からない。実際お金がないので、今も私の会社は小さいままです。

それでも「地方」と「文化」で続けている。きっかけは阪神淡路大震災です。私は特に被害の大きかった西宮に住んでいたんですが、もう価値観が180度変わりました。28歳で独立してからは、「大企業の仕事を全部私のものにしてやる」「何百億と儲けて一部上場してやる」ぐらいに思っていたんです。でも西宮で復興活動が始まり、同じマンションに住む人たちを見たら、みんな役に立っているんです。食料店の人は水や食料をみんなに分けて、主婦の方は縫い物をしたり子どもの面倒をみたりしていた。でも私は何の役にも立たなかった。東京ドームを借りきって一大イベント? そんな仕事、復興活動のなかでは全然いらない。無駄なんですよね。

東京のクライアントからは「寄付をするから、新聞に大々的に取り上げてもらうよう、動け」とさんざん電話がかかってきた。なんて仕事だと思いました。生きているのが嫌になりましてね。

そしたら、たまたま日本漢字能力検定協会さんから「漢字の復興を手伝って欲しい」と依頼をされた。地方と文化のPRをするという考えはまとまってはいなかったんですが、「復興」という言葉を投げかけられたので、やってみようと。

そこから清水寺の貫主さんに「今年の漢字」を書いてもらうという年末の風物詩が生まれた。予算は9万円。それでヒットしたものだから、「お金をかけなくてもPRはできる」とわかった。「今年の漢字」を見て漢検を学ぶ人が増えたり、認知症のおばあさんが元気になったり、そういう人たちの姿も目の当たりにしました。「ああ、これが私ができることなんだ」と思ったんです。

「PRは世間に認めてもらえない仕事」
と殿村氏は言う。
そんな仕事を30年も
続けてきた背景には、震災や病気で
「どん底」を味わった経験がある。

明日死ぬかもしれない、やらないで後悔するのは自分だから

PRの仕事について30年です。本当を言うと、はじめてからずっと「やめよう」と思い続けています。だって、世間に認めてもらえない仕事ですもん。広告はわかりやすい。私はイソップ童話の「北風と太陽」になぞらえるんですけどね。広告は巨大なお金で旅人のマントを脱がせようとする。PRは旅人のまわりの空気を変えて、自らマントを脱ぐよう働きかける。この「まわりの空気を変えて」というところがわかりにくいんです。私がブームをつくらせていただいた経緯をいくら説明しても、80%は信じてもらえていない。

それに、地域の人が自ら動く仕組みをつくるでしょう。だから皆さん「自分たちがブームをつくった」と考える。それはいいんですが、いったんブームになると私たちのことを排除して大手のPR会社に乗り換えようとする人たちがいます。成功したら成功するほど、排除されるんです。むなしい仕事ですよ。

そんな仕事を30年も続けているのは…なんとなく(笑)。あのね、一瞬先は闇なんです。震災も経験した。12年前には大病をしました。簡単な手術だったはずが失敗して、1年で8回も手術するはめに。今こうやって話をしていても、30分後には死んでしまうかもしれない。そういう危機感がいつもあります。

だから、今が一番大事。目の前のものを精一杯こなすだけ。未来のことも考えません、どうなるかわかんないですもん。いただくオファーは無茶ぶりばかりです。成功しても切り捨てられるかもしれない、それでも明日死ぬかもしれないから、やらないで後悔するのは自分だから、やるんです。

もちろん、ブームを仕掛けてうまくいったら、「やったぜ」という思いがあります。パブリックリレーションの価値も、少しずつ浸透してきている手応えがあります。日本だけですからね、パブリックリレーションが理解されていないのは。欧米諸国では広告よりPRのほうがなじんでいて、弁護士と同じぐらいの地位にあります。今後インバウンドが増えて日本が国際化していけば、もっともっとわかってもらえるはず。私はちょっとずつ前進しています。私が本を書かせていただけることだって、30年前には考えられませんでした。

同じ時間を生きるなら「いいところ」を探して笑っていたい

「ほめてほめてほめまくる」ためにも、私はいつも、人のいいところを見るようにしています。人間同士、喧嘩もするしどうしても合わない人もいるけど、それでも「いいところ」しか見ないようにする。

これは私の生きる術でもあります。子ども時代が、あんまり幸せとはいえなかったんですね。父親は売れない画家、母親は私が小学5年のときに家を出ていきました。学校ではいじめられて、なんだかどこにいっても自分を受けいれてもらえなかった。でも、そのなかでも生きていかなきゃいけないんですから。いいところを見ないと、自分が辛いでしょう。いじめっ子と話をしないといけない時も、「私より一杯いいところあるし、勉強になるわ」って思っていました。

キャリアを作る上でも「いいところを見る」って、大切だと思います。何より、自分が幸せになるんちゃいますの。私、脳科学も薄っぺらく勉強してるんですけど、自分のまわりの世界というのは、自分の見方次第だというじゃないですか。せっかく同じ時間を生きるなら、いいところを見て笑っていたほうがいい。泣いてるからって、それを人にせいにするのはおかしいと思うし。

そうやって毎日一生懸命、目の前のことをやっていたら、道って絶対つながっていくものなんですよ。天職は自分で探し出すものだという考えがありますけど、私は違うと思う。一生懸命な毎日を積み重ねていったら、社会のほうからオファーが来ますって。

実際、私もそういう経験をしています。若いころから「もう辞めてやる」と思っているのに、PRこそ天職だと人から言われるようになった。天職だからって、楽しいとか大好きだって思わないものなんじゃないですか?なんとなくずっと続いて、なんとなく時間が経って、なんとなく社会が「これがあなたの天職だよ」って教えてくれるんですよ。

【information】
『ブームをつくる 人がみずから動く仕組み』殿村美樹著

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「うどん県」「ひこにゃん」など多くの地方PRをヒットさせてきた殿村氏が、その独自のノウハウを公開する。これまでの成功事例を挙げながら、クライアントが難色を示す企画を通し、ブームに火をついていくまでのプロセスを追う。どうしたら人は自ら動き出すのか。時代の空気の読み方は。本当の地方創生に必要なことは。今あるべきPRの姿とは。PRプロデューサーとして30年のキャリアの集大成だ。集英社新書。


※リクナビNEXT 2016年9月14日「プロ論」記事より転載

WRITING東雄介 EDIT高嶋ちほ子 PHOTO有本羅人