「ゆるスポーツ」というスポーツを知っているだろうか?

2015年設立の「世界ゆるスポーツ協会」が考案した新しいスポーツの総称で、例えばハンドソープを付けたヌルヌルの手で行う「ハンドソープボール」や、専用のイモムシウエアを装着する「イモムシラグビー」など、文字通り「ゆるい」スポーツのこと。同協会はこのような新ジャンルのスポーツをいくつも生み出しており、体験イベントを開催すると老若男女から応募が殺到するという。

協会の代表を務める澤田智洋さんは、子どものころから運動が苦手。「運動音痴の人も、お年寄りも子どもも、障がいを持っている人も、みんな一緒にできて仲間外れを作らないスポーツを作りたい」と思い立ったのだとか。

お年寄りのリハビリや認知症予防などの効果も期待されることから、国からも注目されている「ゆるスポーツ」。団体発足に至った背景や、「ゆるスポーツ」で目指したい未来などを詳しく伺った。

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一般社団法人 世界ゆるスポーツ協会
代表理事 澤田智洋さん
「ゆるスポーツ」の発案者であり、プロデューサー。2015年4月に世界ゆるスポーツ協会を立ち上げ、代表理事に就任。お爺ちゃんアイドル「爺-POP」の作詞作曲含めたプロデューサー、義足女性のファッションショー「切断ヴィーナスショー」プロデューサーでもある。10月10日、六本木ヒルズで行われるバリアフリーファッションショー「バリコレ」にも参画。

スポーツが大の苦手。「自分でもできる新しいスポーツを作りたい」

「手錠バレー」「こたつホッケー」「シーソー玉入れ」…世界ゆるスポーツ協会のホームページには、見たことも聞いたこともないスポーツ名が並ぶ。そしてトップ画面には「スポーツ弱者を、世界からなくす」のスローガンが。

確かに、各スポーツの紹介を見ると、「手錠をつけてバレーをする」「一定以上の玉が入るとカゴが傾き玉が落ちる」など、誰もが楽しめそうなスポーツばかりだ。

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▲「ゆるスポーツ」はどれも年齢関係なくさまざまな人が参加でき、ともに楽しめるのが特徴

ゆるスポーツの仕掛け人である澤田さんは、大手広告代理店で、スポーツや福祉のビジネスプロデュースを数多く手掛けてきた経験を持つ。2013年ごろ、日本を代表する大きなスポーツ連盟や協会などと仕事をする中で、日本のスポーツビジネスの伸びしろに気づいたのが、ゆるスポーツ誕生のそもそものきっかけだという。

「日本におけるスポーツ関係政府予算の対GDP比は他国と比べると低いんです。2020年の東京オリンピックパラリンピックの流れを受け、スポーツビジネスが伸びる余地はまだあるのではないかと思うようになりました。一方で、コンテンツ産業は盛り上がっており、映像や音楽、漫画やイラストなど、一般の人の作品がどんどん世に出るように。エンタテインメント分野において、スポーツだけコンテンツが増えていないのはいびつなのではないか?音楽や映像を作るのと同じ感覚で、スポーツも作れないものだろうか?と考えるようになったんです」

このように、日夜スポーツのことを考える生活を送っていたにも関わらず、澤田さん自身はスポーツが大の苦手。小学生の時に「いくら頑張っても無駄だ」と自ら悟り、中学、高校と部活には入らず、社会人になってからも「自ら体を動かす」こととは無縁だった。「こんな私でも活躍できるようなスポーツを作れれば、自分救済にもつながるのでは?」という思いも湧き起ったという。

ノルウェーのバブルサッカーに衝撃を受け、日本に輸入し協会も発足

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とはいえ、何から始めていいかわからない。まずは世界のスポーツをリサーチしてみようとネット検索を試みたが、新しいアイディアにつながるようなスポーツにはなかなか出会えなかったという。

そんなある日、ノルウェー生まれの「バブルサッカー」の映像を見つけ、衝撃を受ける。バブルボールを身につけてお互いを押し合いながら競い合うサッカーで、ほかのプレイヤーとぶつかると相手を弾き、そして弾き飛ばされるさまが実にコミカル。「サッカーのスキルに関係なく、誰もが運動音痴になるので、皆が楽しめる!これなら僕でも勝てそうだ!」とビビビッときた澤田さんは、すぐにバブルサッカーを日本に輸入し、2014年に「日本バブルサッカー協会」を立ち上げた。バブルサッカーをもとに、バブルサッカーのように誰もが楽しめる新しいスポーツを生み出したいと考えたからだ。

アイディアを得るために、バブルサッカーの体験会を何度か実施したところ、ある傾向が見えてきた。「運動の習慣がなく、スポーツからは縁遠い人も大勢来た」のだ。

「例えばゲームの開発者など、1日中PCに向かっているような職業の人が多数参加してくれたんです。参加理由を聞くと、『これなら自分にもできそうだと思った』と言う。まさに僕が目指していた考えだったんです。そもそも一般的なチームスポーツは、ミスをすると怒られたり、怒られないまでも申し訳ない気持ちになって萎縮するものばかりで、運動習慣がない人はそれが嫌で参加するのをためらうケースが多かった。でも、バブルサッカーは誰にも怒られないどころか、ミスをしてゴロゴロ転がると、周りはおなかを抱えて笑うんです。まさに僕が目指しているスポーツの形だと、改めて思いました」

バブルサッカーの参加者の声から、「新しいスポーツの条件」を洗い出す

しばらくバブルサッカーの体験会を続ける中で、「運動が苦手な人でもできるスポーツの条件」が5つ、洗い出された。

「老若男女健障、誰もが参加できる」
老人も若者も男女も、そして健常者も障がい者も、誰もが一緒にプレーできることが大前提。

「ビジュアルと名前がキャッチーである」
バブルサッカーのようにビジュアルも名前も面白いスポーツには新奇性を感じる。SNSで拡散しやすく、ニュースにも取り上げられやすいので、早い普及が期待できる。

「勝ったら嬉しい、負けても楽しい」
「勝つ」というスポーツの醍醐味は維持しつつ、負けた人も「楽しかった!またやりたい」と思えるのが大事。

「プレイヤーも観客も笑える」
プレイヤーはもちろん、見ている人もゲラゲラ声を出して笑えるスポーツが理想。実際、「試合には負けたが、笑い過ぎて腹筋が崩壊した」「足腰に筋肉痛は出ていないが、唯一腹筋が痛い」という感想も寄せられている。

「社会課題を解決している」
やみくもに新しいスポーツを作るのではなく、社会的な課題の解消につながるソリューションとして展開する。

これらすべての条件のベースにあるのは「明るく楽しく新しい」こと。「明るく楽しく新しい」ことは、多くの人を寄せつけるからだ。

元ハンドボール日本代表との出会いから生まれた「ハンドソープボール」

5つの条件を「新しいスポーツを作るためのルール」と置き、いよいよ自分の手で新しいスポーツを生み出そうとしたとき、一つの出会いがあった。ハンドボールの元日本代表キャプテンである東俊介さんから「ハンドボールの普及活動を手伝ってほしい」と声がかかったのだ。

コピーライターでもある澤田さんは、はじめは「キャッチコピーを考えよう」と思ったが、「コピーだけでハンドボールの新たなファンを獲得するのは難しい。新しいハンドボールをゼロから作り、それを広めたほうが早いのではないか」と考えたという。

試しに1回ハンドボールを体験してみたところ、ボールスピードが速いうえにプレイヤーの動きも激しく、怖さを感じた。

「そこから、『どうやったら僕もこの競技を楽しめるようになるのだろう?』と論理立てて考えました。ボールスピードを遅くしたい→でも『早く投げちゃダメ』というルールにすると楽しくない→自然にスピードを制御できる方法はないか→手がつるつるにすべれば、早く投げられない→そうだ、ハンドソープだ!と気づいたんです。そこからあらゆるハンドソープを試し、ローションなども加え夜な夜な調合を重ね、ヌルヌルが継続し、手にもやさしい『特製ハンドソープ』を作りました」

こうして生まれたのが、現在のゆるスポーツ協会の看板スポーツでもある「ハンドボールソープ」。東さんに話したところ、しばらくポカーンとしていたというが、半信半疑ながら試してくれたという。

「すると…すごく楽しかったんです。全日本代表だった東さんですら、ハンドボールが下手になり、僕のほうがうまかったりする(笑)。いつもの投げ方だとつるつるして投げられないので、そっとボールを持ち、慎重に投げる必要があるのですが、その姿が何とも面白く、やっている人も見ている人もゲラゲラ笑ってしまうんです。そして終わった後、東さんから『初めはちょっとバカにしていましたが、面白い!!』とお墨付きを得ることができ、『新しいスポーツ第1号』としてハンドソープバレーが正式に誕生しました」

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▲ハンドソープをたっぷりつけた手はツルツル!ボールを落とすたびにハンドソープが追加される

そして、これから第2号、第3号と新しいスポーツを作っていくうえで、これらすべてを括れるジャンル名が必要だと考え、2014年11月に「ゆるスポーツ」という名称を生み出した。

「ゆるい、は英語で直訳できない、日本ならではの言葉。敷居の低さも感じられるし、ゆるいという言葉が内包する範囲のあいまいさも僕らが目指すコンセプトにぴったり。そこで、半年後の2015年4月10日に、世界ゆるスポーツ協会という名称で団体を立ち上げると決め、新スポーツの創作に注力することにしました。ちなみに4月10日としたのは、旧体育の日である10月10日のアンチテーゼからです」

知り合いのクリエイターやアスリート、アーティストに「新しいスポーツをゼロから生み出さないか」と声を掛けたところ、多くの人が賛同してくれた。今までにないものを生み出すというワクワク感や、「スポーツクリエイター」として名を挙げられることのメリットなどを感じてもらえたという。そして、半年間で新たに6つのスポーツが生まれ、2015年4月10日の協会発足時には8つの「ゆるスポーツ」を揃えることができた。

企業や自治体、そして介護分野からの引き合いが急増

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▲大盛況だった運動会「ゆるスポーツ2016」(撮影:越智貴雄)

発足から1年半がたった今、ゆるスポーツの可能性は急速に広がっている。

この1年半で、新たに約50のゆるスポーツを開発する一方、参加ハードルが比較的高いもの、お金がかかるものなどは見直し、場合によっては淘汰してブラッシュアップし続けている。各スポーツごとのイベントには参加希望者が引きも切らず、5月に行われた「ゆるスポーツ2016」は大盛況。そのユニークさに注目したメディアも多数取材に訪れた。

企業や自治体などから、「独自のゆるスポーツを作ってほしい」という依頼も増えている。

例えば、ブラジルフェアを展開していたある百貨店からの、「子ども連れのファミリーも集客できるよう、子どもにもできるアクティビティーを考えてほしい」との依頼に、澤田さん達が考えたのは「イタイッス」というスポーツ。ルールはイス取りゲームと同じだが、イスの周囲には「健康足つぼサークル」が敷かれていて、プレイヤーはサンバを踊りながら外側のゾーンを回る。音が止まり、イスに座るためには、その足つぼゾーンを通る必要がある。多くの大人は悶絶し、子どもはスイスイとイスに座る…という光景が大うけだったという。

そして、最も多いのが、お年寄り向けの「ゆるスポヘルスケア」への引き合い。こたつで行う「こたつホッケー」や、声で対戦する「トントンボイス相撲」など、お年寄りでも負担なくできることから、介護施設でのリハビリや、健康促進につながると注目されており、介護施設や地方自治体などから多数声がかかっているという。

「介護の現場って、圧倒的に笑いが少ない。でも、そんな現場にゆるスポーツを持ち込むと、お年寄りにもそこで働く人にも笑いが生まれるんです。例えば、先日開発した『ダジャレエクササイズ』は、専用の音楽に合わせてステップを踏んだり体を揺らしたりしながら、ただただダジャレを言うという“強引にでも笑いをもたらす”スポーツ。でも、♪校長が〜絶好調、スイカはおいすいか?(おいしいか?)などのくだらないダジャレで、お年寄りが大笑いするんです。こんなに盛り上がったことは、今までなかった!と介護施設の方に言われるほど。『トントンボイス相撲』も『こたつホッケー』もお年寄りでも楽しめて、笑ってもらえるものばかり。これからも、介護の現場でいかに笑ってもらえるか?を念頭に、ヘルスケア部門のゆるスポーツをたくさん生み出していきたいですね」

ゆるスポーツが世界に広がれば、互いの誤解や偏見がなくなり、世界平和にもつながる

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そして将来、澤田さんが真剣に目指しているのは「ゆるスポーツの海外進出」。実際、海外からの引き合いもすでに多数舞い込んでおり、対応方法を考えている最中だ。例えば、あるホテルからは、「世界の富裕層をファミリーで呼び込みたいから、ファミリーでできるスポーツを考えてほしい」との相談が来たという。

「欧米に比べて身体的に劣っているとされる日本人が、『誰もが楽しめる』というマイノリティーな発想で新しいスポーツを生み出すことに意味があるのだと思っています。日本は、スポーツビジネスでもスポーツルールにおいても、欧米に後れを取っていますが、協会発足後1年半で世界から引き合いが来るまでになり、日本初のスポーツインフラを広げるチャンスが出てきた。今後、海外にも支部を置き、東京オリンピック前の2019年には、海外で『ゆるスポーツ世界大会』を開催して、ゆるスポーツのグローバル化に弾みをつけたいと真剣に思っています」

世界に進出しても、ゆるスポーツのコンセプトは変わらない。ベースにあるのは、「明るく楽しく新しい」「誰もが楽しめる」スポーツであること。

「老若男女、健常者や障がい者、そして国籍や文化に関係なく、みんながゆるスポーツをやるために集まれれば、今まで交流がなかった人々が一つになれる可能性がある。そうなれば、お互いへの興味や共感、リスペクトが生まれ、互いの誤解や偏見もなくなるはず。世界でゆるスポーツが普及すれば、世界平和だって実現できると、僕は本気で考えているんです」

EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:平山諭