昨年10月に20歳を迎えたオーストラリアはシドニー出身のシンガーソングライター、ルエル(Ruel)が待望の1stアルバム『4TH WALL』を今年3月にリリースした。両親の影響で幼い頃からソウルやブルース、ジャズの世界に触れ、ティーンになるとスティーヴィー・ワンダーやデイヴ・ブルーベック、エイミー・ワインハウスらに影響を受けた楽曲を書いていたというルエル。本作は、そんな早熟な彼のソングライティング能力や、あのエルトン・ジョンも絶賛したというソウルフルかつ繊細な歌声、そして10代から20代へと差し掛かる「成長の過程」を綴った歌詞の世界が融合。彼にしか作り得ない唯一無二のアルバムに仕上がっている。

5月には、東京・渋谷WWW Xにて4年ぶりとなる来日ソロ公演を敢行。そんな彼への4年ぶりのインタビューと、くだんのライブレポートを合わせてお届けする。

【写真を見る】ルエル来日公演 ライブ写真ギャラリー(記事未掲載カット多数)


─前回インタビューをしたのは2019年。当時のあなたは17歳で、翌年にコロナ禍が訪れ10代の最後を音楽活動もままならない環境で過ごすことになりました。その間にどんなことを考えていたのか、まずはきかせてもらえますか?

ルエル:パンデミックが始まった2020年の3月は、ちょうどツアーの真最中でした。かなり忙しい毎日を送っていたので、仕事が一旦リセットされたことに対して「よし、休暇が取れるぞ!」なんて、嬉しい気持ちも正直なところあったんです。でもその後、想像以上に長い時間、移動制限を僕らは強いられることになったわけですから、今またこうして世界中を回れることがとても嬉しくて。失った時間を取り戻しているような感じです。



そもそも思春期という、誰しもがその人格を形成する上で非常に重要な時期とロックダウンが重なってしまったため、それが直接的な原因なのかどうか正直なところ分からないけど、やはりこの数年で自分自身にも大きな変化がありました。それこそ音楽の聴き方や作り方もそうですし、人との関わり方についてもそう。特に人間関係の変化は、社会への意識や関心の持ち方が変わったことに、少なからず影響を及ぼしたと思っています。

─例えばマララ・ユサフザイやグレタ・トゥーンベリ、ミュージシャンでもゼンデイヤやビリー・アイリッシュなど「Z世代」と呼ばれるあなたたちの世代から、人権問題や環境問題などへの意識が高いオピニオンリーダーが数多く生まれているように感じます。

ルエル:おそらく僕らの世代は、これまでの世代とは全く違う新たな視点で人権や環境について考えられるようになった、最初の世代なのかもしれない。もちろん学校でも人権や環境について学ぶ機会は増えたと思うのですが、インターネットを通じて様々な知識や情報を得ることができるようになったのはかなり大きいのではないかと。SNSなどで、自分たちでも積極的に意見を発信できるようになったことも影響しているのではないでしょうか。

─あなたの楽曲の中にも、社会や政治に対するメッセージが込められていることはありますか?

ルエル:例えば新作『4TH WALL』に収録されている「LET THE GRASS GROW」という楽曲は、まさに実存主義的な思想に基づいていますね。世界は今どちらの方向に向かっていて、その中で自分にはいったい何ができるのか。世界が悲惨な結末を迎えないようにするために、私たちは何をすべきなのか。そんなことを考えながらPJ(Peter James Harding)と共作しました。

この曲では特に環境問題に焦点を当て、「僕たちは物事を知らなすぎる」という視点から書いています。例えば大手の石油会社が世界を滅ぼしていく中、ちっぽけな自分という存在に何ができるのか。そんなふうに考えるとつい厭世的な考えにとらわれてしまいがち。まずは今、世界で何が起きているのかを知ることが大事だと思うし、知らなければ何をすべきなのかも分からないと思うんですよね。



─アルバムのタイトルとなった「第四の壁」とは、フィクションである演劇内の世界と観客のいる現実世界との「境界=壁」を表す概念のことですが、これはどこからインスパイアされたのでしょうか?

ルエル:主に映画からです。具体的には90年代の映画……『トゥルーマン・ショー』や『ファイト・クラブ』などを見ていて、ビジュアルからインスピレーションを受けました。

─『トゥルーマン・ショー』は、自分の人生をコンテンツとしてSNS上に切り貼りしている現代社会を予言しているような、今こそ深く共感できるテーマが描かれていますよね。

ルエル:まさに。多かれ少なかれ、今は誰もが『トゥルーマンショー』の主人公のような気持ちになる瞬間があるのではないかなと。

─サウンド面では、どんなアーティストにインスパイアされましたか?

ルエル:ジェフ・バックリィの悲しめの楽曲からは、特にエモーショナルな部分で多くのインスピレーションを受けました。The 1975は、ポップミュージックとオルタナティブを、これまで誰もやったことのない方法で融合しているところに刺激を受けています。それからジェイムス・モリソンやエリオット・スミスのような、シンガーソングライターからもインスパイアされました。基本的に、自分の歌声と近いところにあるシンガーからの影響をミックスしていく感じです。



「成長の過程」で見つけたもの

─日本人としては、特に「JAPANESE WHISKEY」という楽曲がどうやって生まれたのか気になります。

ルエル:ですよね(笑)。今回、絶対に聞かれるだろうなと思っていました。「JAPANESE WHISKEY」というタイトルはPJからのアイデアで、すごくクールな響きだなと思ったのですが、どうやって曲に落とし込んでいけばいいのか分からなくて。そもそも日本のウィスキーを飲んだことがなかったので、まずは試しに飲んでみました。最初は全く受け付けず……どうしたらいいか途方に暮れてしまったのですが、この「美味しくなかった」という気持ちをうまく歌詞にできたらいいんじゃないかなと(笑)。「こういうクールな見た目のウィスキーを味わうことのできる人間になりたいんだけど、実際にはそうなれなかった」みたいな。自分の未熟さを歌にできないかなと思って仕上げていきました。

─“I tried to act like a man but I felt like a child“(男らしく振舞おうとしても、まるで子供のようだった)“I wanted to be what you wanted in me But if I‘m being honest I can‘t“(君が望む自分でありたかったけど、それは無理なんだ)という部分ですね。僕はこの曲、「男らしさ」や「相手が望む理想像」にとらわれ、生きづらさを感じる状態について歌った曲だと思ったんですよ。

ルエル:ああ、なるほど。確かにそうとも取れますね。ただ、ここでは「男らしい自分」や「相手が望む自分」でありたいという、純粋な願望について歌ったつもりなんです。未熟だから、まだそうなれない自分にもどかしさを感じているというか。「日本のウィスキーが美味しいと思える自分に早くなりたい」という願望についての歌ですね。



─今は「ルエルにはこうあってほしい」「ルエルはこうあるべき」みたいな、人から期待されることも多くてプレッシャーもあるんじゃないですか?

ルエル:それに関しては自分なりに対処法を身につけてきました。みんなから見られている「期待されている自分」と、実際の自分を分けて考えるようにしているんですよ。「ルエル」という一つのブランドを、僕自身がプロデュースしたりプロモートしたりしている感じ。そうすることで、「ルエル」への期待やプレッシャーにリアルな自分が押しつぶされないよう気をつけているんです。

─なるほど。「ルエル」というプロジェクトをチームで動かしているような感じですかね。ちなみに「GROWING UP IS _____」という楽曲がありますが、あなたにとって「成長すること」とはどんなことですか?

ルエル:「GROWING UP IS _____」は、若い恋や失恋、人生の中での試行錯誤など、成長していく過程で起きる様々なエピソードをまとめたコンピレーションみたいな歌詞です。子供の頃は、とにかく失敗することでしか学べないし、成長もできないんじゃないかなと。そういうことを歌っています。

─つまりは「失敗」も「成長」の重要な過程だと。

ルエル:その通りです。



─今作は、例えば「SITTING IN TRAFFIC」「SOMEONE ELSE'S PROBLEM」のような内省的な楽曲や、「GO ON WITHOUT ME」や「WISH I HAD YOU」「MUST BE NICE」のように喪失感について歌う曲が多い印象です。それもやはり「成長」の過程だからでしょうか。

ルエル:そう思います。本当は、歌詞にはこれまで自分が経験したことを反映させたいと思っていました。でも、アルバム制作中はコロナ禍だったこともあって、何か新たな経験をする機会がほとんど失われてしまって。なので、その期間はとにかくたくさん映画を観て、そこから自分が共感できるシーンや台詞、登場人物の行動などを歌詞に落とし込んでいったんです。たとえ実際に経験しなかったことであったにせよ、フィクションを通して自分が感じている「リアル」を表現できたらと思っていました。

─なるほど。どんな映画が心に残っていますか?

ルエル:まず、ホアキン・フェニックス主演の『her/世界でひとつの彼女』には心を揺さぶられましたね。ディストピアの世界でAIに恋をしてしまうという、かなり恐ろしいモチーフなのですが(笑)、美しくもあって。映像面でもリファレンスにしたいと思わせる作品でした。

それからソフィア・コッポラ監督による『SOMEWHERE』。LAの ホテル「シャトー・マーモント」で空虚な日々を送るハリウッドセレブが、エル・ファニング扮する娘と失われた絆を再構築していくストーリーです。人生のピークを上り詰めたにもかかわらず、自分はこれからどうやって生きていったらいいのか分からないという、悲しい中年男性の話なのですが、強烈に惹かれました。僕自身はセレブどころかキャリアを始めたばかりの人間ではあるけど、一歩間違えたら……という想像もできますし、とても刺激的かつ映像の色合いなども含めて印象的な映画でしたね。

─僕もその2本はとても好きな映画なので嬉しいです(笑)。今回、日本ではどんな過ごし方をする予定ですか?

ルエル:今回は4度目の来日になるのですが、前回と違って今回はオフがあるのでラーメンを食べたり原宿でショッピングしたり、お気に入りの場所を一通り巡るつもり。日本の方々の暮らしに入り込んでいくような滞在がしたいですね。

2023年5月23日 東京・渋谷WWW X
ライブレポート

まずはニューアルバム『4TH WALL』から、冒頭曲「GO ON WITHOUT ME」。歯切れ良いピアノのバッキングに合わせ、飛び跳ねながらルエルがステージに姿を現すとフロアからは大きな歓声が沸き起こる。カラフルなシャツを身に纏った長身の彼が、無造作に垂らしたブロンドの前髪をかき上げる姿はまるで若き日のレオナルド・ディカプリオのようだ。会場は外国人を含む多くのファンですし詰めだったが、女性ファンの黄色い声援だけでなく若い男性ファンからも、「やべえ!」「めちゃくちゃカッコいい!」と声が上がる。


Photo by Kazumichi Kokei

続く「GROWING UP IS _____」は、成長する過程で経験する「痛み」について切々と歌うミドルテンポの楽曲。どこかオリエンタルな響きを持つサビのメロディが日本人の琴線に触れる。疾走感あふれるビートとポップなメロディがThe 1975を彷彿とさせるエレポップチューン「YOU AGAINST YOURSELF」は、駆け上がるようなサビのメロディに続く激しいキメのパターンで、オーディエンスと一体になって拳を振り上げる。

スリリングなワルツ曲「Dazed & Confused」は、パントマイムのような振付を交えてシアトリカルに表現。かと思えばスタンダードなソウルチューン「Face to Face」では、“Strolling the streets back in Rome“の部分を「Tokyo」に替えてソウルフルに歌い上げフロアを大いに盛り上げる。「次は、アルバムの中でもお気に入りの曲を演奏するよ」と言って「IF AND/OR WHEN」を振り絞るように歌い上げ、「もう少し悲しい曲を続けてもいいかな。ハッピーな気分の時に、こういう曲が聞きたくなる時ってない?」と悪戯っぽく笑ったあと「MUST BE NICE」を披露。新しい恋人ができた元カノに対し「Fuck」と思わず心の中で毒づいてしまう、誰しも一度は経験したことのあるほろ苦い失恋ソングだ。怒りの奥にある悲しみを、振り絞るように歌うルエルに応えるかのように、スマホのライトをペンライトに見立ててかざすオーディエンスたち。


Photo by Kazumichi Kokei

ライブ中盤では、ピアノの前に座ったルエルがワン・ダイレクションの「Night Changes」をカバーしてみせると、大歓声と共に自然発生的にシンガロングが沸き起こる。「次の曲は、ピアノを弾きながら歌うのが難しいんだよね」と言いつつ、「Hard Sometimes」を心のこもったピアノの弾き語りで歌う。まるで彼の部屋に招かれ、目の前で演奏してもらっているような親密な空気に思わずうっとりしてしまう。さらに、自身がリミックスで参加したJVKE(ジェイク)のロマンティックで壮大なバラード「Golden Hour」をつなげると、会場は大きな感動に包まれた。

「日本のウィスキーについて歌ってみたら?」という、プロデューサーPJのアイデアから生まれた「JAPANESE WHISKEY」を歌う前に、「実は今日、東京のバーへ行ってウィスキーを飲みながらこの曲のMVを撮ったんだよ」と明かしてくれたルエル。「とても楽しかった」と言っていたが、果たして苦手なウィスキーを克服することはできたのだろうか。続く「Flames」は、彼がロンドン出身のシンガーソングライター、SGルイスとコラボしたエレクトリックなナンバー。妖しげな赤い照明に包まれながら、サビの4つ打ちキックに合わせて全員でジャンプすると、フロアが大きく波打った。


Photo by Kazumichi Kokei

どこか60sポップを彷彿とさせる「SOMEONE ELSE'S PROBLEM」を、エレキギターを抱えて熱唱し、ファルセットと地声を巧みに使い分けながらハチロクの力強いバラード「SITTING IN TRAFFIC」を、アコギをかき鳴らしながら歌い上げるとライブもいよいよ終盤に。成長する過程で親友と疎遠になってしまう、10代の切ない気持ちを綴った2018年のナンバー「Younger」は、イントロが鳴り響いた途端に大歓声。ステージ狭しと駆け回りながら歌っていたルエルだが、感極まってフロアへと降りていく。オーディエンスと同じ目線で一緒に歌ったあと、巨大な風船をフロアに幾つも飛ばしながら「Painkiller」を歌い、ファンからプレゼントされたという寄せ書き入りの日本国旗をステージに飾り付け、スタッフやファンに感謝の言葉を述べたあと「End Scene」を歌って本編は終了。鳴り止まぬアンコールに応えて「I DON'T WANNA BE LIKE YOU」を披露し、全員でシンガロングしこの日のライブを締めくくった。

10代の頃のあどけなさとやんちゃさを残しつつも、歌声や身のこなしから時おり見せる「色気」に成長を感じさせたルエル。次に会うときには、どんな大人へと変貌を遂げているのか、今から楽しみだ。

>>>当日のセトリ・プレイリストはこちら

【写真を見る】ルエル来日公演 ライブ写真ギャラリー(記事未掲載カット多数)



ルエル
『4TH WALL | フォース・ウォール』
再生・購入:https://SonyMusicJapan.lnk.to/Ruel4thWall