東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県大船渡市の小学生6人が9〜13日、民間の交流事業で来県し、戦跡や辺野古を訪問した。目的は「震災を伝え、戦災を学ぶこと」。6人は、思い出すのもつらい被災体験をつづった作文を訪問先で何度も朗読し、沖縄戦体験者や名護市辺野古で座り込む人々の話に耳を傾けた。 大船渡市の児童を招く交流事業は、同市の写真家・村田友裕さん(64)と中城村の一般社団法人「みらい」が協力して実施しており、今年で3年目。村田さんは高台に避難する際、津波にのみ込まれる街の様子を撮影し、写真集「気仙の惨状」にまとめた人物。復興支援で大船渡市を訪れた「みらい」の関係者が写真集を見たのがきっかけで、両者の交流が始まった。 今回訪問した児童は6年生5人と5年生1人。震災時は幼稚園や保育園に通っていた。震災のため、楽しみにしていた入学式が遅れた世代だ。グラウンドにある仮設住宅の影響で、運動会を一度も母校で経験したことがない児童もいる。 児童らは10日、名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前を訪問し、新基地建設に反対する人々の前で作文を朗読した。小松いつきさん(6年)は「大切な家だから」と、避難せずに自宅に残って亡くなった祖父母のことを話し「忘れないことが大切。また起こったら自分の命を守れるし、他人の命も救える」と語った。座り込み現場で司会をしていた沖縄平和運動センターの大城悟事務局長は、涙で言葉を詰まらせた。 11日に訪れたひめゆり平和祈念資料館では、戦争で親友を亡くした元学徒の新崎昌子さん(88)の体験談に耳を傾けた。震災で母親とはぐれ、4日間会えずに過ごした志田直哉君(6年)は「津波は高台に避難すれば助かるが、戦争は隠れていても亡くなってしまう。戦争は起こさないことが大事だと思った」と、新崎さんの話を心に刻んだ。 児童を引率した村田さんは「座り込みの現場を見ることは、官の事業ならできない」と民間交流の意義を強調。「被災地は義援金で支援できるが、沖縄の基地被害に対する支援はお金ではできない。子どもたちが感じたことを学校や家庭で伝えてほしい」と願った。